なぜ社会は「左と右」に分かれるのか
政治的な議論に限らず、健康法、子育て論、食事、ワクチン、あらゆるテーマで人々は「こちら側」と「あちら側」に分かれ、お互いを理解し合うことがますます難しくなっています。
社会心理学者ジョナサン・ハイトは、この現象について深い洞察を提供しています。彼の枠組みを、JINENの視点と組み合わせて考えてみましょう。
「象と象使い」:まず直感、次に理屈
ハイトの研究の核心は、道徳的判断は理性ではなく直感(感情)が先に来るという発見です 1。
彼はこれを「象と象使い」に例えています:
- 象(直感・感情):巨大で力強い。道徳的判断の方向を決める
- 象使い(理性):小さく、象の上に座っている。象が決めた方向を「正当化する理由」を後から探す
つまり、「あの人の意見は間違っている」と感じるとき、まず「嫌だ」という直感が発動し、その後で「なぜ間違っているか」の理由を理性が構築するというプロセスが起きています。
003の記事で「意識は遅れてやってくる」と解説しましたが、道徳的判断においても同じ原理が作動しているのです。
6つの「道徳の味覚」
ハイトの「道徳基盤理論」によれば、人間には6つの生得的な道徳的直感、いわば「道徳の味覚」、があります 1:
| 基盤 | 敏感に反応するもの |
|---|---|
| ケア/危害 | 他者の苦しみ |
| 公正/不正 | 不公平さ、ずるさ |
| 忠誠/裏切り | 集団への帰属 |
| 権威/転覆 | 秩序、伝統 |
| 神聖/堕落 | 純潔、けがれ |
| 自由/抑圧 | 支配への抵抗 |
重要なのは、人によって「どの味覚が強いか」が異なるということです(味覚といういい方は彼独自の比喩です)。
たとえば、ある人は「ケア/危害」と「公正/不正」に強く反応し、別の人は「忠誠/裏切り」と「権威/転覆」に強く反応する。
前者は、社会では「弱者を守るべき」「移民も平等に扱うべき」といった意見を持ち「左派・リベラル」として集団を形成しやすいですし、
後者は「異分子を我々の国に入れる必要はない」「生活保護を悪用するような裏切り者は許せない」といった「右派・保守」としての集団を形成しやすいといえます。
同じ出来事を見ても、反応する「味覚」が違えば、まったく異なる道徳的判断が生まれる。
これが、「なぜあの人はあんな意見を持てるのか信じられない」の正体です。
ハイトは、これが進化の過程で獲得された、味覚のような感覚的な性質であると論じています。
かつて政治学・社会学のテーマだった「左・右」という党派性の問題を、進化・生物学から論じたことが、ハイトの議論の特徴です。
エコーチェンバー:「味覚」が先鋭化する構造
SNSのアルゴリズムは、あなたが「反応した」コンテンツに似たコンテンツを次々と表示します。これにより:
- 同じ道徳基盤を共有する人々のコンテンツばかりが見える
- 異なる道徳基盤からの意見は表示されにくくなる
- 自分の「道徳の味覚」だけが繰り返し刺激され、いわば味覚が過敏化する
- 結果、わずかな違反でも強い道徳的怒りが発生する
ハイトはこれを「バベルの塔」のメタファーで表現しています。かつては共有されていた現実認識が断片化し、もはや同じ世界を見ていない人々が互いに「向こう側は狂っている」と感じる状態です 2。
体のレベルで何が起きているか
この分断のプロセスを、JINENの身体理論で読み解くとどうなるでしょうか。
① 道徳的直感は「体の反応」から始まる 002の記事で解説したソマティック・マーカー仮説を思い出してください。道徳的な「嫌悪感」は、まず体(内臓の不快感、筋肉の緊張)として現れます。ハイトの「象」は、言い換えれば体からの信号に基づく自動反応です。
したがって、理性(象使い)でコントロールすることが難しいのです。
② エコーチェンバーは慢性的な防衛モードを生む 「向こう側」の存在を脅威として認知し続けることで、神経系は慢性的な防衛モードに傾きます。007のニューロセプションが「外の世界は危険だ」に設定され、054で解説した「緊張しやすい体質」がデジタル環境によって作られてしまう可能性があります。
③ 党派性は「部族の安全」の代替物 005の記事で解説した腹側迷走神経の「社会的関与システム」は、本来は対面の小集団で機能するものです。 デジタル社会では、この帰属の欲求がオンライン上の「党派」に向かい、「いいね」やフォロワーの承認が偽りの安全信号として機能しうるのではないでしょうか。
人類学者ロビン・ダンバーは、人間が安定した関係を築けるのは150人が上限であるという理論を提唱しています(ダンバー数)。
ここからも、数千人、数万人と一気に繋がれるSNSは、人間には難しすぎるといえます。
体から分断を超える
この問題に「正しい答え」はありません。しかし、JINENの視点から、以下のことは言えると思います。
- 対面の交流を増やす(038参照):画面上のテキストではなく、生身の人間と同じ空間にいる時間を増やす。ニューロセプションが正常に機能するためには、相手の表情・声・体が見える環境が必要
- 体を動かす:SNSで怒りを感じたとき、その怒りを文字に変換するのではなく、体を動かすことで交感神経の亢進を発散させる
- 「自分の象」に気づく練習:強い道徳的反応が起きたとき、「今、体はどうなっている?」と問う。内受容感覚(012参照)を高めることで、直感的な反応と理性的な判断の間に「気づきの隙間」を作る
- 異なる意見の人と「体を共有する」:同じ空間で体を動かす、一緒にご飯を食べる、一緒に歩く。テキストでの議論では越えられない壁が、身体的な共同体験を通じてゆるむことがあるのではないでしょうか
- 自分の「道徳の味覚」を知る:自分がどの道徳基盤に強く反応するかを知ることで、「向こう側」の人が異なる味覚で世界を見ていることを理解する手がかりになる
分断を生んでいるのは「意見の違い」ではなく「安全の欠如」かもしれない。
安全を感じている人は、異なる意見に出会っても防衛モードに入らず、好奇心を持って耳を傾けることができます。 体のレベルから安全を回復させることが、対話の第一歩になると私は考えています。
補足 この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
参考文献
※アメリカではこの傾向が激化する過程が明らかであるため、近年様々な研究や著作が発表されています。多くは日本語でも読めますので、日本の未来を予測する上でも、一読をおすすめします。
参考 『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』 『壁の向こうの住人たち――アメリカの右派を覆う怒りと嘆き』 『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』