「お腹で感じる」は本当だった
「腹が立つ」「腹を据える」「断腸の思い」日本語には、感情を「お腹」で表す表現が数多くあります。英語でも"butterflies in your stomach"(緊張で胃がムカムカする)のように、腸と感情を結びつける表現は世界中にあります。
これらは単なる比喩ではありませんでした。腸と脳は、解剖学的にも生化学的にも密接につながっていることが、近年の研究で明らかになっています。
腸の神経系:5億個のニューロン
腸の壁には約5億個のニューロンからなる独自の神経ネットワーク、「腸管神経系(ENS)」が存在します。これは脊髄に匹敵する規模の神経組織であり、「第二の脳」と呼ばれるゆえんです。
腸ー脳相互作用の包括的レビューから、腸管神経系は脳からの指示がなくても独立して消化・吸収・排泄を制御できる自律的なシステムであり、かつ迷走神経を介して脳と双方向のコミュニケーションを行っていることが示されています [1]。
迷走神経:腸と脳の「高速道路」
006の記事で解説したように、迷走神経の約80%は体→脳方向(求心性)の情報を運んでいます。そしてその求心性情報の大部分は、腸から来ているのです [2]。
腸の状態(膨満感、炎症、微生物の代謝産物など)は迷走神経を通じて瞬時に脳幹へ伝えられ、そこから扁桃体や島皮質などの情動関連領域に中継されます。
つまり、お腹の状態が感情や気分に直接影響する解剖学的経路が存在するのです。
セロトニンの95%は腸にある
もう一つの驚くべき事実。「幸福ホルモン」として知られるセロトニンの約95%は、脳ではなく腸で産生されているのです [1-1]。
ただし、腸のセロトニンは血液脳関門を通過しないため、脳内のセロトニンとは直接的には別のシステムです。とはいえ、腸のセロトニンは迷走神経や免疫系を介した間接的な経路で脳の状態に影響を与えうることが示唆されています。腸内環境の乱れ(ディスバイオーシス)がうつや不安と関連するという研究が増えているのは、こうした間接的なメカニズムが想定されているためですが、その全容はまだ解明途上です。
JINENが「お腹」を重視する理由
JINENボディワークでは、お腹へのアプローチを「消化器のケア」としてだけでなく、「神経系全体への入力」として位置づけています。
前述の通り、迷走神経の情報の約80%は体→脳の「求心性」です。お腹をケアするということは脳に「安全だよ」というメールを大量に送ることに等しい。
JINENのお腹へのアプローチの特徴:
多くのセルフケアで「お腹をマッサージしましょう」と言われますが、JINENのアプローチにはいくつかの重要な違いがあります。
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タッチの質が全てを決める:グイグイ揉むと、ニューロセプション(007参照)が「攻撃だ」と判断し、腹筋が防衛的に固まります。JINENでは「赤ちゃんの頭を撫でるような」優しいタッチを徹底します。手のひら全体で温めるように触れ、圧ではなく温かさで腸管に働きかける
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「グルグル音」は成功のサイン:お腹のワーク中にお腹が鳴ったら、それは恥ずかしいことではなく大成功です。内臓が動き始めた=戦闘モードが解除され、消化モードに切り替わった証拠です。このサインが出たら、ワークを深追いせず余韻を味わわせます(ドーシングの原則)
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お腹の固さは「感情の防衛壁」でもある:不安が強い人がお腹を固めているのは、内臓という急所を無意識に守っているからです。ここを「ゆるめよう」と力で攻めるのは逆効果。まず呼吸法(010参照)で全身をゆるめ、お腹が「自分からゆるむ」のを待つ
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腹式呼吸との連動(010参照):横隔膜の上下動は腸管を穏やかにマッサージし、迷走神経を刺激する。呼吸と腸と自律神経は三位一体
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姿勢との関係:猫背(TLR前方の残存、035参照)は腹部を圧迫し、腸管の機能を物理的に制限する。姿勢改善は腸の健康にも直結する
「お腹を大事にする」は「脳を安心させる」こと。 お腹が柔らかくなれば呼吸が深くなり、呼吸が深くなれば迷走神経が動き、迷走神経が動けば脳は安心し、脳が安心すれば腸も動く、この好循環の起点がお腹にあるのです。
補足
この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
参考文献
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Mayer, E. A. (2011). Gut feelings: the emerging biology of gut–brain communication. Nature Reviews Neuroscience, 12(8), 453–466.↩︎↩︎
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Porges, S. W. (2011). The Polyvagal Theory. W. W. Norton.↩︎
※日本語ではブルーバックスにある『「腸と脳」の科学 脳と体を整える、腸の知られざるはたらき』が入門書としておすすめです。