「バランスを取る」のは体だけの話ではない
片足で立つ。不安定なクッションの上でバランスを取る。目を閉じてゆっくり歩く。
これらの「バランス練習」は、体の安定性を高めるためだけにやっていると思われがちです。しかし、バランスを取る行為は、脳、特に小脳、を強烈に刺激し、運動能力だけでなく思考や感情にまで影響を与えているのです。
小脳は「運動の脳」ではない
小脳は長い間、「運動の調整」だけを行う器官と考えられてきました。しかし、小脳と認知・感情の関係を調べた研究から、小脳は運動制御にとどまらず、注意制御、実行機能、空間認知、言語処理、さらには感情調節にまで関与していることが明らかにされています [1]。
小脳が障害された患者に見られる症候群(小脳認知感情症候群)では、運動障害だけでなく、以下の認知・感情の変化が報告されています。
- 実行機能の低下(計画、判断、切り替えの困難)
- 空間認知の混乱
- 言語の流暢性の低下
- 感情の鈍麻あるいは脱抑制(感情のコントロール困難)
つまり、小脳は「思考の微細な調整」も行っているのです。この概念は「認知的のディスメトリア(調律不能)」と呼ばれています、運動の協調が崩れるように、思考や感情の協調も崩れうるということです。
バランス練習が小脳を鍛える
バランスを取るとき、小脳は前庭覚(023参照)、固有受容覚(013参照)、視覚の情報をリアルタイムで統合し、微細な姿勢調整を出力しています。この処理は非常に高速で複雑であり、小脳にとって最も負荷の高い「トレーニング」のひとつです。
発達の分野の研究でも、バランス能力と注意力・学業成績の間に相関があることが示されています [2]。バランスが良い子どもは注意力が高い傾向がある。
これは因果関係が確立されたわけではありませんが、バランスの訓練が小脳を活性化し、小脳が認知機能にも貢献しているのではないかという解釈があります。
バランスワークのポイント
JINENボディワークにもバランスワークを取り入れています。
ただし、一般的なバランストレーニングとJINENの違いは、「鍛える」ではなく「積み直す」という発想です。
JINENの4層構造(生→這→動→技)で言えば、小脳の活性化は最も基礎的な【生】の階層から始まります。
いきなり片足立ちやバランスボードに挑戦するのではなく、まず仰向けで転がる(前庭覚の入力)、四つ這いでゆっくり動く(重力との関係を再構築する)、そして立位のバランスへと段階的に進めます。
この「段階」を飛ばすと、小脳は活性化されるものの、代償動作(076参照)が強化されてしまうだけです。
指導の現場で見ているポイント:
私の指導では、バランスワーク中にクライアントの呼吸が止まっているかどうかを必ず確認します。バランスを取ろうとして呼吸が止まる人は、交感神経が過剰に働いている、つまり「怖い」と感じている状態です。
この場合、難易度を下げて(ドーシング)、呼吸を止めずにできるレベルまで戻す。
「バランスが取れたかどうか」より、「バランスワーク中に呼吸が止まらず、体がゆるんだ状態を保てているか」、このほうが、小脳への良質な入力になると私は考えています。
体のバランスが良くなると、頭もクリアになる。 これは単なる比喩ではなく、小脳の働きが関わっている可能性があります。
補足
この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
参考文献