痛いところを自然に「さする」理由
膝をぶつけたとき、思わず手で痛い場所をさする。お腹が痛いとき、手のひらをそっと当てる。子どもが転んで泣いたとき、「痛いの痛いの飛んでいけー」と触りながら声をかける。
私たちは本能的に、痛いところに「触れる」ことが痛みを和らげることを知っています。でも、なぜ触ることで痛みが減るのか、その仕組みを知っている人は少ないかもしれません。
脊髄の「ゲート」
この現象を説明したのが、疼痛科学の歴史を変えた「ゲートコントロール理論」です [1]。
この理論によると、痛みの神経信号は脊髄の後角(背中側)にある「ゲート(門)」を通過して脳へ向かいます。そして、このゲートの開閉は、2種類の神経線維のバランスによって制御されています。
太い神経線維(Aβ線維):触覚・圧覚・振動を伝える。ゲートを閉じる方向に働く。
細い神経線維(C線維・Aδ線維):痛みの信号を伝える。ゲートを開く方向に働く。
痛いところをさすると何が起きるか。太い神経線維が活性化され、ゲートが閉じて、細い線維からの痛み信号が脳に届きにくくなるのです。
つまり、「触る」刺激が痛みの伝達を脊髄レベルでブロックする。これが人間が本能的に「痛いところを触る」理由の神経生理学的な説明です。
ゲートは「心」からも制御される
ゲートコントロール理論のもうひとつの重要なポイントは、このゲートが脳からの下降性信号によっても制御されるということです。
つまり、注意・感情・期待・不安といった心理的要因が、ゲートの開閉に影響します。
リラックスしていればゲートは閉じやすくなり(痛みが軽減される)、不安や恐怖が強ければゲートは開きやすくなる(痛みが増強される)。
これは、同じ怪我でも人によって痛みの感じ方が大きく異なる理由を説明しています。そして、「安心できる環境」「穏やかな声かけ」「信頼できる人の存在」が痛みの軽減に寄与するという臨床的な観察とも一致しています。
私は過去に、痛み研究の最前線を知る先生の講義を受けるという貴重な機会を得ることができました。下行性疼痛抑制系の学びは、セラピー、ケア、コンディショニング、ボディワークといった分野で学ばれるべきだと考えています。
非常に重要な書籍です↓
伊藤樹史『新デルマトームの基礎と応用』(たにぐち書店)
JINENの「タッチ」の意味
JINENボディワークでは、指導時には「やさしく触れる」ことを重視しています。これは単なるリラクゼーションではありません。
- 太い線維を介したゲートの閉鎖:やさしいタッチが脊髄レベルで痛み信号をブロックする
- 安心のシグナル:信頼できる他者からの温かいタッチが、脳からの下降性抑制を活性化する
- ボディマップの活性化:触れられた部位の感覚入力が脳に届くことで、ぼやけていたボディマップの解像度が上がる
「触れる」という行為は、痛みの科学から見ると、神経系の複数のレベルに同時に作用する、合理的なアプローチなのです。
痛みに対して、まず安全に「触れる」。 シンプルですが、その背後には深い神経生理学的根拠があります。
補足
この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。
参考文献
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Melzack, R. & Wall, P. D. (1965). Pain mechanisms: a new theory. Science, 150(3699), 971–979.↩︎