【015】痛みは脳の「出力」である ― OSのバグとしての慢性痛

Mar 30, 2026

痛い場所=壊れている場所?

指を切ったら痛い。ぶつけたら痛い。こうした急性の痛みは、「体が壊れた信号」として非常に分かりやすいものです。

でも、慢性痛、何ヶ月も、何年も続く痛みは、この常識に当てはまらないことがよくあります。検査をしても異常が見つからない。組織は治っているのに痛みが消えない。昨日はなんともなかったのに、今日は同じ動きが激痛になる。

慢性痛を抱えている方にとって、「痛い場所が悪いはずだ」という思い込みは、ときに回復の大きな壁になります。

痛みは「入力」ではなく「出力」

現代の疼痛科学は、従来の「痛みは組織損傷の信号が脳に届いた結果」というモデルを大きく覆しています。

疼痛神経科学の研究から、痛みは組織から脳へ送られる「入力信号」ではなく、脳が「体に危険がある」と判断したときに生み出す「出力」であることが明らかになっています [1]

つまり、痛みは体の損傷の「報告書」ではなく、脳が作り出す「保護のためのアラーム」。組織が実際に壊れているかどうかは、痛みの有無を必ずしも決定しません。脳が「危険だ」と判断すれば痛みが出るし、「安全だ」と判断すれば痛みは出ない。

痛みのニューロマトリクス

この脳の判断は、一箇所の脳領域ではなく、大脳皮質・辺縁系・脳幹にまたがる複数の領域が連携するネットワークで行われています。これを「ペインニューロマトリクス(痛みの神経行列)」と呼びます [2]

このネットワークは、組織からの侵害受容信号だけでなく、過去の経験、記憶、感情、文脈、信念、社会的状況など、ありとあらゆる情報を統合して「痛みを出すかどうか」を判断しています。

たとえば:

  • 同じ怪我でも、戦場の兵士は痛みを感じにくい(生存のために痛みが抑制される)
  • 同じ動作でも、「この動きは危ない」と思っていると痛みが強くなる
  • MRIで異常が見つかった途端、痛みが増す(情報が脳の判断を変える)

慢性痛で特に問題なのは、このネットワークの感度が上がりすぎて、少しの刺激でも、あるいは刺激がなくても痛みを生成する状態、いわば「痛みのOS」にバグが発生している状態です。

慢性痛へのアプローチ

慢性痛に対してボディワークとしてアプローチするなら、まず行うのは「痛い場所を治す」ことではなく、「脳の判断を書き換える」ことです。

  1. 神経系を安全モードに切り替える:脳が「危険」と判断している状態で体を動かしても、痛みのアラームは鳴り続けます。まず呼吸や環境設定で安心モードを確立する。
  2. 痛みに対する恐怖を減らす:痛みの仕組みを理解すること自体が、痛みを減少させることが示されています [1-1]。「痛い=壊れている」という誤解を解くだけで、脳の判断が変わり始めます。
  3. 安全な動きの経験を重ねる:小さな、安全な動きを繰り返し成功させることで、脳に「この動きは安全だ」という新しい判断材料を提供する。

慢性痛の問題は「体」ではなく「体のOS」にある。

だから、OSそのものを書き換えるアプローチが必要だと考えています。

補足
この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。

参考文献


  1. Moseley, G. L. & Butler, D. S. (2015). Fifteen years of Explaining Pain: The past, present, and future. The Journal of Pain, 16(9), 807–813.↩︎↩︎

  2. Moseley, G. L. (2003). A pain neuromatrix approach to patients with chronic pain. Manual Therapy, 8(3), 130–140.↩︎

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