CORE THEORY

シリーズ|緊張はなぜ抜けないのか ― 反射と神経の科学

不安はどうやって筋肉を固めるのか

Part 1 / 10

肩こりや腰痛に悩んでいる方が「ストレスが原因かもしれませんね」と言われて、腑に落ちないことがあります。心の問題がなぜ筋肉の硬さになるのか。実は、不安や恐怖を感じたとき、意識で考えるよりも先に体が反応しています。このメカニズムを知ると「気持ちの持ちようで何とかなる」という話ではないことがわかります。

意識より先に体が動く ― 扁桃体の脅威評価

脳の奥深くに「扁桃体」という小さな器官があります。この扁桃体は、外部からの感覚情報を受け取り、それが危険かどうかを瞬時に判定する「脅威センサー」の役割を果たしています。

ここで重要なのは、この判定が前頭前野(理性や判断をつかさどる部分)の認知処理よりも先に完了するという点です。たとえば、職場の緊張した空気や、試験前のプレッシャーなど。扁桃体がそれを「脅威」と判定した瞬間、視床下部に向けて苦痛信号が送られます。

視床下部は自律神経系と内分泌系の「司令塔」です。扁桃体からの信号を受けると、全身の生理学的リソースを闘争・逃走反応へと動員するカスケードを起動します。

つまり、「怖い」と自覚するよりも前に、体はすでに戦闘態勢に入っているのです。

2つのストレス応答 ― すぐ来る波と、じわじわ続く波

視床下部から発信されるストレス応答には、速度の異なる2つの経路があります。

応答システム 速度 主な物質 体への影響
SAM軸(交感神経-副腎髄質系) 即時的(数秒〜数分) アドレナリン、ノルアドレナリン 心拍数・血圧の急上昇。骨格筋への血流増加と反射的な筋緊張
HPA軸(視床下部-下垂体-副腎系) 遅延的・持続的(数分〜数時間以上) コルチゾール エネルギー動員。慢性化すると扁桃体の過活動を引き起こし、全身の過緊張を固定化する

SAM軸は「いますぐ逃げろ」という緊急システムです。アドレナリンが血中に放出され、心拍が上がり、筋肉に血液が集中します。車のクラクションに驚いて体がビクッとなる、あの反応です。

問題はその後に来るHPA軸です。視床下部からCRHというホルモンが分泌され、最終的に副腎皮質からコルチゾールが放出されます。コルチゾールは本来、危機的状況でエネルギーを動員するための適応的なホルモンです。

慢性ストレスが脳のブレーキを壊す

ところが、職場のストレスや人間関係の悩みなど、現代社会の心理的ストレスは数秒では終わりません。長期間にわたって続くと、HPA軸が過剰に活性化し続けます。

慢性的なコルチゾール濃度の上昇は、前頭前野の実行機能を障害し、防御的な行動を制御するトップダウンの抑制機能を低下させます。一方で、扁桃体の反応性を異常に亢進させることが報告されています。

たとえるなら、ブレーキが効きにくくなった車でアクセルだけが踏み込まれている状態です。

前頭前野という「理性のブレーキ」が弱まり、扁桃体という「警報装置」が過敏になる。結果として、ささいな刺激にも体が過剰に反応し、筋肉を固め続けてしまいます。

これが「ストレスで肩が凝る」の正体です。単なる気のせいではなく、脳内の神経回路レベルで起きている現象なのです。

NEXT ▶

次回は、緊張した筋肉がさらに脳を興奮させてしまう「心身フィードバックループ」についてお伝えします。

参考文献

  • 1. Martin EI, et al. "The Neurobiology of Anxiety Disorders: Brain Imaging, Genetics, and Psychoneuroendocrinology." Psychiatr Clin North Am. 2009. PMC3684250
  • 4. "Understanding the stress response." Harvard Health Publishing. Link
  • 5. Godoy LD, et al. "A Comprehensive Overview on Stress Neurobiology: Basic Concepts and Clinical Implications." Front Behav Neurosci. 2018. Link
  • 7. Godoy LD, et al. "A Comprehensive Overview on Stress Neurobiology." Front Behav Neurosci. 2018. PMC6043787
  • 8. Hinds JA, Sanchez ER. "The Role of the Hypothalamus-Pituitary-Adrenal (HPA) Axis in Test-Induced Anxiety." Stresses. 2022; 2(1):146-155. Link
  • 9. Mbiydzenyuy NE, Qulu LA. "Stress, hypothalamic-pituitary-adrenal axis, hypothalamic-pituitary-gonadal axis, and aggression." Metab Brain Dis. 2024; 39(8):1613-1636. PMC11535056

この記事は、読者の方々の個人的な実践や学習のヒントとなる研究を紹介する目的で制作したものです。効果を保証するものではありません。また、エビデンスは最新の研究によって覆される場合や、賛否があるものもあります。学習や実践の参考程度にしてください。

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