認識・技能・社会活動・文化を貫く構造形成モデル
本稿の位置 :本プロジェクト第2部(一般論)の前編にあたります。第1部の文化論で見た動きを、文化に限らない一般的な構造形成のモデルとして定式化します。扱うのは時間の軸です。空間の軸(開放系の中に閉鎖系が形成されること)は中編『開放系の中の閉鎖系』で、本稿で使う語の精密な定義は後編『内部モデルとは何か』で扱います。
要旨
本稿では、第1部の文化論で見た動きを、認識、技能、社会活動、文化に共通する構造形成のモデルとして整理します。
構造は最初から存在するのではなく、過去の探索、相互作用、選択の結果として形成されます。形成された構造は行動を制約しますが、低次の可能性を制限することで、より高次の可能性を開く働きももちます。
さらに、ある主体の内部に形成された構造は、次の主体にとっての環境になります。言語や制度は、ある時代の相互作用から生まれますが、次世代には最初から存在する外部環境として現れます。したがって発展は、生成・固定・再生成という時間の往復と、形成された構造が次の環境になる重層化の両方から捉える必要があります。
本稿は、主として人間の認識から国家までを対象にします。生物進化は限定的な類比、物質世界は背景的な類比として扱い、すべてを同じ原理で説明することは意図しません。
本稿の見取り図
第1部では、文化がどのように生まれ、成熟し、閉じていくかを追いました。そこで見えた動きを一般化すると、次の二つの運動になります。
【時間の軸】同じ系が時間のなかで動く
環境 ──→ 探索 ──→ 有効なパターン ──→ 固定・精密化 ──→ 構造
↑ │
│ │
└────── 再探索 ←── 環境とのズレ ←───────────┘
(再生成)
【階層の軸】形成された構造が、次の主体にとっての環境になる
環境A ──→ 構造A
└──→ 環境B ──→ 構造B
└──→ 環境C ──→ 構造C
前者を 循環・往復 、後者を 入れ子・重層化 と呼びます。この二つを合わせたものが本稿のモデルです。
第I部 基本モデル
1. 文化から一般構造へ
第1部では、文化を対象にしました。武術が実際の戦闘技術から出発し、型と教授法と資格体系を整え、やがて内部の基準によって評価されるようになる。その過程を、何によって誤りが訂正されるかという観点から追いました。
しかし、同じ構造は文化だけのものではありません。 人間の認識、技能の習得、社会活動、企業。これらは一見すると別々の対象ですが、その発展の仕方には共通する形が現れます。 本稿は、その共通構造を一つのモデルとして定式化します。
扱う水準は四つです。
-
人間の認識 - 探索/外界からのフィードバック/予測誤差の修正/環境との相互作用/自己組織化/内部モデル形成
-
技能・技術の習得 - 自由な探索/自己組織化的な解の発見/形の学習/精密化・自動化/課題へ戻すことによる再組織化
-
社会活動の発展 - 一次ニーズに根ざした生成/開かれたフィードバックループ/有効な実践の蓄積/制度化・体系化/二次ニーズの発生/閉じたフィードバックループ/必要に応じた再開放
-
文化・企業 - 開放系と閉鎖系の共存/市場という開放系の内部に企業文化・ブランド・コミュニティなどの閉鎖系が形成されること/閉鎖系において意味・思想・規範・歴史が垂直的に積み重なること
これらを別個の理論としてではなく、 同じ基本構造が異なるスケールに現れたもの として扱います。
その中心にあるのが、
生成 → 固定 → 再生成
という往復です。
ただし、この時間的な往復だけでは足りません。もう一つ、
形成された構造が次の環境となり、その内部で次の構造形成が起こる
という 階層的・入れ子的な重層構造 が必要になります。本稿はこの二つを合わせたものを一般モデルとして提示します。
2. 環境との相互作用から構造が生まれる
最も抽象的には、人間の認識・技能・社会活動・文化の発展を次のように捉えることができます。
環境
↓
探索・試行錯誤
↓
フィードバック
↓
有効なパターンの発見
↓
自己組織化
↓
安定化
↓
内部モデル・構造形成
↓
その構造を用いた行動
↓
新しい環境との不一致
↓
再探索・再組織化
ここで重要なのは、構造が最初から存在するものではないという点です。少なくとも人間の学習や社会活動については、多くの構造が過去の探索や試行錯誤の結果として形成されています。
したがって、次の定義を置くことができます。
構造とは、過去の探索の結果が固定され、現在の行動可能性を制約するようになったもの
2-1. 「構造」「内部モデル」「制度」「制約」の関係
本稿では似た語を複数使うため、先に関係を決めておきます。
| 語 | 指すもの |
|---|---|
| 構造 | 最も広い語。過去の探索の結果が固定され、以後の可能性を拘束するようになったもの |
| 内部モデル | 構造のうち、個体の内部にあるもの。概念・スキーマ・技能・世界観など。 完成した解ではなく、解を構成するための材料 を指します(第7章で定義します) |
| 制度 | 構造のうち、集団のあいだで共有されているもの。ルール・法・資格・組織など |
| 生成された制約 | 構造を、その働きの側から言い直した呼び方(23-1) |
内部モデルと制度は、同じ構造がどのスケールにあるかの違いです。 個体の内部にあれば内部モデル、集団のあいだにあれば制度と呼びます。第8章で述べるように、この二つは別種のものではありません。
2-2. 自己組織化とは何か
本プロジェクトを通じて最も多く使う語なので、ここで定義します。
自己組織化とは、全体を設計する主体がいないまま、要素間の相互作用と制約から機能的な秩序が生じることである。
要素は四つです。
- 設計者がいない。 誰かが全体像を描いて配置したのではありません。個人の場合は、本人が意識的に構造を設計していないことを指します。
- 局所的な相互作用から生じる。 各要素は全体を見ていません。隣接するものとのやりとりだけを行います。
- 制約のもとで起こる。 何もないところからではなく、身体・環境・課題・既存の構造といった条件のなかで生じます。
- 機能的な秩序が現れる。 生じるのは単なる規則性ではなく、その状況で働く秩序です。
この定義はスケールを問いません。 個人の内部で概念が形成される場合にも、多数の人々のあいだで慣習が形成される場合にも使えます。後者、つまり多数の主体の局所的な行為から社会的な秩序が形成される場合を、ハイエクは 自生的秩序 と呼びました。 自生的秩序は、自己組織化のうち社会のスケールで起こるものを指す語 として扱います。
自己組織化の対になる語は、 意図的設計 です。この対比は次章で扱います。
もう一つ、時間のスケールについて断っておきます。 本稿では自己組織化を、 構造が形成される過程 を指す語として使います。長い時間をかけて内部モデルが作られる側です。
これに対し、 すでに形成された材料を使って、その場の条件に応じて一回の行為や思考が組み上がること は、 構成 と呼びます。
| 語 | 指すもの | 時間 |
|---|---|---|
| 自己組織化 | 経験の反復から、内部モデルなどの構造が形成される過程 | 長期・学習 |
| 構成 | 形成された材料を使って、その場で一回の行為が組み上がること | 瞬間・遂行 |
この区別は本プロジェクト全体で使います。 動的システム系の研究では、その場の運動が組み上がることも self-organization と呼ばれますが、 本稿ではそれを構成と呼び分けます。 二つの時間スケールを一つの語で語ると、学習の話と遂行の話が区別できなくなるためです。
なお、自己組織化によって形成された構造のすべてが内部モデルになるわけではありません。 結晶も自己組織化によって形成されますが、その構造を使って次の状況を認識したり予測したりはしません。 自己組織化は構造が形成される過程であり、内部モデルはそのうち、その後の認識・判断・行為を媒介するものです。 この線引きは第2部の後編『内部モデルとは何か』で詳しく扱います。
2-3. 構造は可能性を制限すると同時に、可能性を作る
「制約」という言葉を、否定的な意味だけで理解しないことが重要です。
たとえば言語には文法という強い制約があります。しかし文法という制約があるからこそ、無限に近い複雑な文章を他者と共有できます。
武術でも、基本動作が身体に固定されることで、毎回ゼロから動きを考えなくても済むようになります。その結果、より複雑な状況判断へ認知資源を使えます。
社会制度も同じです。所有権、契約、法、通貨などの制度は人間の行動を制約しますが、それによって長期契約や大規模な経済活動が可能になります。
したがって構造とは、
低次の可能性を制限することで、より高次の可能性を開くもの
でもあります。これは技能論から文化論、制度論まで共通する性質です。
3. 構造形成にはボトムアップとトップダウンがある
人間社会では、構造が形成される経路を少なくとも二つに分けられます。
3-1. ボトムアップ型
多数の主体による局所的な行為や相互作用から、誰かが全体を設計しなくても構造が形成される場合です。言語、慣習、文化、市場慣行、技法、ミーム、地域的なルールなどがこれにあたります。 前章で定義した自己組織化による構造形成です。
3-2. トップダウン型
人間が意図的に構造を設計する場合です。法律、組織図、マニュアル、教育課程、資格制度、官僚制度などがこれに近いものです。 意図的設計による構造形成です。
ただしトップダウン型であっても、完全に無から作られるわけではありません。設計者自身が既存の文化、制度、知識、過去の成功例、問題状況などを材料として制度設計を行います。
したがって、
トップダウンの構造も、過去の構造や探索の上に形成される
と考えたほうが正確です。
以後、生成の経路を指すときはボトムアップ/トップダウン、その経路を成り立たせている働きを指すときは自己組織化/意図的設計と呼び分けます。 両者は一対一で対応しますが、前者は形態、後者は機構の呼び名です。この対比は本プロジェクトの中心的な論点の一つであり、第26章で課題として改めて扱います。
4. 固定された構造はどのように硬直するか
構造が硬直する過程には、経路によって違いがあります。
トップダウン構造 の場合、設計されたルールは一度固定されると、
現実に合わせてルールが変わる
のではなく、
人間がルールに合わせる
方向へ進みやすくなります。特に外部フィードバックから切断された場合、次の過程が生じます。
設計 → 標準化 → 制度化 → マニュアル化 → 内部評価
↓
制度への適合そのものが目的になる
ただし、硬直はトップダウン型に固有のものではありません。 ボトムアップで形成された慣習も硬直します。誰も設計していない作法や暗黙のルールが、理由が失われた後も残り続けることは珍しくありません。むしろ、設計されていないぶん 誰も変更の責任者ではない ため、変えにくい場合すらあります。
したがって硬直の要因は、生成の経路そのものではなく、
その構造が外部フィードバックへどの程度開かれているか
にあります。トップダウン型が硬直しやすく見えるのは、設計された構造のほうが明文化され、内部評価の基準になりやすいためです。生成の経路と、外部への開かれ方は、別々に見る必要があります。
第II部 四つの水準
5. 認識の水準:外界との相互作用から内部モデルが形成される
最もミクロな水準では、人間の認識そのものに同じ構造を見ることができます。
人間は外界について完全なモデルを最初からもっているわけではありません。知覚、行動、試行錯誤などを通じて、次の循環を行います。
外界 → 予測 → 結果 → 予測とのズレ → モデル修正 → (外界へ戻る)
予測処理理論では、脳が外界についての内部モデルを用いて感覚入力を予測し、予測誤差を利用してそのモデルを更新するという枠組みが提案されています。ただし近年のレビューでは、予測誤差信号の解釈や理論の経験的範囲について議論が続いており、単一の確立した理論として扱うことには注意が必要です [1] 。
したがって本稿では、予測処理理論そのものを全体モデルの証明とするのではなく、
外界との相互作用を通じて内部モデルが更新される
という認識論的な構造の一つの参考として位置づけます。
6. 技能の水準:探索と精密化の往復
技能習得も同じ構造として見ることができます。
従来型の技能論では、
正しい動作 → 反復 → 自動化
という線形のモデルが強調されやすいものです。
これに対してエコロジカル・ダイナミクスでは、技能をあらかじめ保存された運動プログラムの再生としてではなく、個体・課題・環境の制約の相互作用から、その都度運動が組織化されるものとして捉えます [2] 。
この観点を取り入れると、技能習得は次の往復になります。
第一局面:探索
課題 → 試行錯誤 → 身体・環境との相互作用 → 暫定的な解の自己組織化
第二局面:精密化
有効な解 → 反復 → 調整 → 自動化 → 安定した技能
第三局面:再探索
新しい状況 → 既存技能とのズレ → 再組織化 → 状況に適応した新しい技能
これは、
自己組織化 → 内部モデル化 → 再自己組織化
の具体例です。技能の水準についての詳しい議論は、本プロジェクトの第4部(技術論)で扱います。
7. 自己組織化と内部モデルは対立しない
ここで重要なのは、自己組織化と内部モデルを単純な対立概念として扱わないことです。
むしろ次の循環として理解するほうが適切です。
自己組織化 → 安定した解が形成される → 内部モデル・技能となる
↓
行動が安定する
↓
環境変化によって不一致が生じる
↓
再び自己組織化する
長期的なダイナミクスが短期的な行動の制約条件になるという議論は、自由エネルギー原理とエコロジカルな自己組織化を接続する研究でも扱われています [3] 。
したがって問題は内部モデルそのものではありません。 内部モデルそれ自体に、良し悪しはありません。 問題になるのは、
内部モデルが外界とのフィードバックから切断され、自己完結すること
です。
7-1. 内部モデルとは何か
ここで、本稿が「内部モデル」という語で何を指しているかを、作業的に定めておきます。 精密な定義と、システム・自己組織化・フィードバックループとの区別は、第2部の後編『内部モデルとは何か』で扱います。 本稿では次の理解で読み進めてください。
内部モデルとは、過去の経験から形成され、その場の状況に応じて解を構成するために使われる材料である。概念、カテゴリー、意味のまとまり、自動化された処理などの形をとる。完成した解を保存したものではない。
一文で言えば、 保存されているのは解ではなく、解を作る材料です。
この区別が重要なのは、 内部モデルをもつことと、毎回同じ出力が出ることは、別のことだから です。能力は固定して不変なものではなく、環境や課題との関係のなかで生成されます。しかし、だからといって能力にあたるものが内部に存在しないわけではありません。両方が同時に成り立ちます。
機械的な出力にならない理由は三つあります。
- 材料であって完成品ではない。 同じ材料からでも、状況が違えば違うものが組み上がります。
- 縮重性がある。 同じ目標を、別の材料の組み合わせで実現できます。一対一の対応がないため、毎回の実現が異なります。
- 階層がある。 汎用的な層と、領域に特異的な層があり、状況に応じて組み合わせが変わります。
とくに三つめについて、身体技能を例に取ると次の層に分かれます。
第1層 身体の基本リソース
第2層 比較的汎用的な運動組織化能力 ← 内部モデル(材料)
第3層 領域特異的な生成能力
────────────────────────────────────
第4層 具体的技法 ← 半ば固定された解
────────────────────────────────────
第5層 その瞬間の具体的運動 ← その場で構成されるもの
「その場で生成される」のは第5層であり、内部モデルがあるのは第1層から第3層です。 層が違うため、両方を同時に述べられます。この階層については第4部の技術論で詳しく扱います。
なお、本稿は認識・技能・社会活動・文化を同じ循環で扱いますが、 社会・文化のスケールでは、同じものが「制約」として現れます。 個人の内部から見れば材料であるものが、それが共有され外在化されて次の主体に向き合うときには、環境であり制約になります。この反転については 22-1 で述べます。
7-2. エコロジカル・ダイナミクスの位置づけ
本稿は、身体技能について論じる際にエコロジカル・ダイナミクス(以下ED)の知見を参照します。ただし、 EDを上位の理論として採用するわけではありません。
EDは、内部表象への依存を最小にした説明を志向します。一方、本稿は上に述べたとおり、内部モデルを積極的に位置づけます。 この点で立場は異なります。その差異を無理に埋めることはしません。
本稿がEDから受け取るのは、 練習設計と実践論として有効な部分 です。すなわち、課題や環境の制約を操作することで探索を引き出せること、同一条件の反復だけでは適応の幅が広がらないこと、といった知見です。理論的な前提の全体を引き受けるものではありません。
8. 社会活動の水準:制度は社会の内部モデルである
同じ構造は、個人から集団へスケールを上げても現れます。
人々がある問題へ集団的に取り組むとします。たとえば戦う必要がある、という問題です。すると次の過程が起こります。
一次ニーズ → 多数の試行錯誤 → 有効な行為の選択 → 知識の共有 → 標準化 → 制度化
この観点から見ると、
制度は、社会の水準における内部モデル
と捉えることができます。
個人が経験から概念を作るように、社会も経験からルール、慣習、標準、法、資格、組織を形成します。第2章で述べたとおり、内部モデルと制度は別種のものではなく、同じ構造がどのスケールにあるかの違いです。
8-1. 一次ニーズから二次ニーズへ
社会的活動が成功し、体系化されると、活動そのものが新しい問題を生み始めます。
たとえば武術なら、最初の問題は「どう戦うか」です。しかし技術体系ができると、次の問題が生じます。
- どう教えるか
- どう分類するか
- 誰を認定するか
- 何を正統とするか
- どこまでを保存するか
これを次のように区別できます。
| 内容 | |
|---|---|
| 一次ニーズ | 体系の外部にある、その活動を生んだ本来の問題 |
| 二次ニーズ | 内部体系が存在することによって生じた問題 |
社会活動は成熟すると、
外部問題を解決する活動
から、
自分自身の体系を維持・精密化する活動
へ重心を移す場合があります。
8-2. 自己対象化
この転換を「自己対象化」と呼ぶことができます。
最初は、 対象について活動します。 しかし次第に、 その活動について活動する ようになります。さらに、 活動についての活動について活動する ようになります。
剣を使う
↓
剣術を研究する
↓
剣術の教授法を研究する
↓
教授体系を制度化する
↓
制度の正統性について議論する
↓
正統性論争の歴史を研究する
この自己対象化が、社会活動を文化へ変化させる重要な契機になります。
9. 文化とは社会的内部モデルの意味世界化である
文化は、社会活動によって形成された内部モデルが長期間にわたって自己対象化され、技法、作法、規則、物語、歴史、思想、美意識、価値観、ミーム、アイデンティティなどを累積したものとして捉えることができます。
したがって文化とは、
社会的内部モデルが、単なる問題解決の装置を越えて意味世界へ発展したもの
と考えられます。
第III部 開放系と閉鎖系
10. 二つのフィードバックループ
この発展を理解するために、二種類のフィードバックループを区別します。 どちらが正しいという性質のものではありません。 何によって誤りが訂正されるか、という違いです。
10-1. 開かれたフィードバックループ
内部体系の外にある制約によって訂正される構造です。勝敗、市場、実験、テスト、顧客、身体、相手、失敗などが訂正の源になります。
ここでは、 体系のほうが外部現実に合わせて変わります。
10-2. 閉じたフィードバックループ
内部で作られた基準によって訂正される構造です。マニュアル、作法、資格、規則、内部評価、内部的な論理整合性、正統性などが訂正の源になります。
ここでは、 行動のほうが既存の体系に合わせて整えられます。
┌───────── 開放系(体系の外から訂正される)──────────┐
│ 勝敗・市場・実験・顧客・身体・相手・失敗 │
│ │
│ ┌───── 閉鎖系(内部の基準で訂正される)─────┐ │
│ │ 規則・作法・資格・内部評価・正統性 │ │
│ └───────────────────────────────────────┘ │
└────────────────────────────────────────────────┘
10-3. 閉鎖系には二つの帰結がある
閉じたフィードバックループそのものに、良し悪しはありません。 同じ構造が、条件によって二つの異なる帰結を生みます。
| 内容 | |
|---|---|
| 積極的な機能 | 統合・深化・精密化・アイデンティティ・独自性・保存。開放系から得た大量の経験を、内部で一貫した構造として保持する |
| リスク | 内部規範の自己目的化・現実からの遊離・硬直・形式主義 |
同じ閉鎖が、一方では蓄積を可能にし、他方では現実との接続を失わせます。この分岐を決めるのは、次の二点です。
- 一次ニーズがまだ存在するか。 外部の問題が解決されるか消失すると、訂正の源が内部しかなくなります。
- 往復可能性があるか。 必要に応じて、再び外部フィードバックへ晒せる構造になっているか。
したがって、閉鎖の度合いそのものを健全性の指標にはできません。 指標になるのは往復可能性です。この点は本プロジェクトの後編『開放系の中の閉鎖系』で中心的に扱います。
11. 開放と閉鎖は同一階層の二択ではない
ここまで、
開放 → 閉鎖 → 再開放
という時間的な往復を中心に述べてきました。しかし、もう一つ重要な構造があります。
開かれた系の内部に、閉じた系が形成される
という重層構造です。
したがって開放と閉鎖は、「このシステムは開放系である」「これは閉鎖系である」という単純な二分類ではありません。 異なる階層に同時に存在できます。
11-1. 企業は典型的な重層構造である
企業はこの構造を分かりやすく示します。
企業全体は、 市場 という強力な開放系のなかに存在します。商品が売れなければ、企業内部でどれほど評価されても意味がありません。
しかし企業内部には、社内制度、マニュアル、企業文化、人事評価、ブランド、ナラティブなどの比較的閉じた体系が発達します。
さらにブランドの周囲には、次の入れ子が形成される場合があります。
企業 → ブランド → ファンコミュニティ → 内部ミーム・儀礼・規範
したがって、
外部へ開かれたシステムが、内部に閉鎖的な意味世界を発達させる
という構造が成立します。
12. 「往復」と「包含」の区別
第11章の指摘を、二種類の関係として定式化します。
| 関係 | 形 | 何を説明するか |
|---|---|---|
| 時間的関係(往復) | 開放 → 閉鎖 → 再開放 | 同じ系が発展段階のなかで変化すること |
| 階層的関係(包含) | 開放系 ⊃ 閉鎖系 ⊃ さらに別の閉鎖系 | 異なる階層が同時に成立していること |
前者が 時間軸 、後者が 階層軸 です。
この二つは代替関係ではありません。 同じ系について、両方が同時に言えます。ある企業が「創業期の探索から制度化へ進んだ」(時間軸)と述べることと、「市場という開放系の内部に企業文化という閉鎖系をもつ」(階層軸)と述べることは、両立します。
従来のモデルは主に時間軸を扱ってきました。階層軸を加えることで、組織や文化の複雑さを説明しやすくなります。
第IV部 重層化と垂直発展
13. 閉鎖系では垂直発展が起こる
開放系では、探索の対象が外部世界へ広がりやすくなります。
新しい問題 → 新しい方法 → 新しい対象 → 新しい領域
という 横方向の展開 です。
一方、閉じたフィードバックループでは、すでに成立した対象について内部の複雑性が増します。
技術 → 技術の解釈 → 教授法 → 教授法の規則 → 規則の思想 → 思想の解釈 → 解釈史
これを、
意味世界の垂直発展
と呼ぶことができます。
13-1. 垂直発展は再帰的である
この垂直発展では、
構造が次の構造形成の対象になる
という点が重要です。
一次構造ができると、その一次構造について考える二次構造ができます。二次構造ができると、それを整理する三次構造ができます。
技術 → 教授体系 → 資格制度 → 資格制度を管理する組織 → 組織の規則 → 規則についての解釈
これは、
メタ → メタメタ → メタメタメタ
という再帰的な構造形成です。
14. 内部モデルが次の環境になる
垂直発展と並ぶ、もう一つの重層化があります。
ある段階で形成された内部構造は、それだけで終わりません。 次の主体にとっては、それ自体が外部環境になります。
言語を考えてみます。ある時代の人々の相互作用から言語が形成されたとしても、次世代の子どもにとって言語は「自分が作った内部モデル」ではありません。すでに存在する外部環境です。子どもはその言語環境のなかで認識や行動を形成します。
人々の相互作用 → 言語という構造 → 言語が次世代の環境になる
↓
その環境で新しい認識・文化が形成される
13-1 の垂直発展と、本章の環境化は別のものです。 前者は同じ主体が自分の作った構造を対象として考え続けることで積み上がります。後者は主体が入れ替わることで、構造の位置づけが内部から外部へ変わります。どちらも重層化ですが、機構が違います。
14-1. 制度も同じ構造をもつ
制度も同じです。
過去の人々が、問題 → 試行錯誤 → 制度形成という過程を経ます。しかし次世代にとって、その制度は自分たちが選択したものではなく、最初から存在する環境になります。法制度、税制度、学校制度、雇用慣行、資格制度などがそうです。
そこで人々は、その制度に適応して行動します。その行動がさらに新しい慣習・組織・制度を生みます。
したがって、
ある階層の内部モデルは、次の階層では外部環境になる
という転換が起きます。
15. 経路依存との接続
この発想は、歴史的制度論の 経路依存(path dependence) と近いものです。
歴史的制度論では、ある重要な分岐点で成立した制度的選択が、その後の主体のインセンティブ、資源配分、世界観などを形成することで、制度を固定化させることが論じられてきました [4] 。
ある時点では複数の選択肢がある
↓
一つの制度が成立する
↓
制度への投資・学習・利害が生じる
↓
制度が次の行動を制約する
これは本稿における、
過去の探索結果が現在の制約となる
という構造の定義と近いものです。
第V部 適用範囲の検討
この部について :ここまでのモデルが、人間の認識・技能・社会・文化を越えてどこまで適用できるかを検討します。結論としては、国家までは対象とし、生物進化は限定的な類比、物質世界は背景的な類比にとどめます。本論の流れとしてはⅥへ進んでも差し支えありません。
16. 国家も緩やかな対象にできる
このモデルは、国家についても限定的に適用できる可能性があります。
たとえばチャールズ・ティリーの国家形成論では、近世ヨーロッパにおける戦争と国家形成の相互作用が重視されました。ティリーは「戦争が国家を作り、国家が戦争を作った」と表現し、戦争を遂行するために徴税、軍事組織、行政能力などが発達していく過程を論じています。後続の研究でも、戦争と国家形成の関係は検証と論争の対象になっています [5] 。
本稿のモデルで捉えるなら、次の流れになります。
外部脅威・戦争 → 試行錯誤 → 徴税・軍事・行政の工夫 → 有効だった仕組みの固定
↓
国家制度
↓
官僚制
↓
制度自体を運営する二次ニーズ
国家も、
外部問題への適応によって形成された構造が、その後は市民・企業・組織にとっての環境になる
という例として見ることができます。
ただし国家形成には戦争以外にも経済、宗教、地理、社会構造など多数の要因があるため、ティリー型のモデルを国家一般の唯一の説明として扱うことはできません。
17. 生物進化は限定的な類比にとどめる
自然世界全体へ理論を広げると議論が過度に複雑になるため、本稿では自然界を直接の対象とはしません。ただし生物進化には、本モデルと類似した構造があります。
生物進化では、遺伝的変異、環境との関係、自然選択、遺伝、集団内への形質の定着などを通じて、生物集団が世代を超えて変化します [6] 。
大まかには次の構造があります。
変異 → 環境との相互作用 → 選択 → 形質の安定化 → その形質を前提とした次の進化
ただし、生物進化には意図的な探索や内部モデルという概念をそのまま適用できません。したがって本稿では、
「生成された構造が、その後の変化の制約条件になる」という限定的な類比
として扱います。
17-1. 物質世界への一般化は留保する
自己組織化という現象そのものは自然科学にも存在します。プリゴジンの散逸構造論では、平衡から遠く離れた開放系において、環境とのエネルギー・物質の交換によって秩序だった構造が形成・維持されうることが示されました。そうした構造は、環境との交換が止まれば維持されません [7] 。
これは、
構造が環境との相互作用から生まれる
という本稿の考え方と類似します。
しかし、物理的な自己組織化と、人間の認識・文化・制度の形成を同じ原理として直接に同一視することはできません。したがって現段階では、生物と国家までを緩やかな比較の対象とし、物質世界一般については背景的な類比にとどめます。
第VI部 構造の一般定義
18. 構造とは何か:過去の探索の履歴
ここまでの議論から、構造についてより精密な定義を置くことができます。
構造とは、過去に存在した複数の可能性のなかから、相互作用・試行錯誤・選択・設計などによって一部のパターンが安定化し、その後の可能性を拘束するようになったもの。
人間社会では、その生成の経路に自己組織化、意図的設計、両者の混合があります。
重要なのは、
現在の構造が、過去には一つの可能性にすぎなかった場合がある
という点です。成立した後では当然に見える制度や文化も、歴史的には多数の可能性のなかから形成された結果である場合があります。
18-1. 構造化とは可能性空間の縮約である
この意味で構造形成は、
可能性空間の縮約
とも表現できます。
最初は多数の行動可能性があります。しかし、
探索 → 成功・失敗 → 特定パターンの選択 → 反復 → 制度化
が起こるにつれ、「普通はこうする」「これが正しい」「この方法を使う」という形で可能性が狭まります。
ただし、この縮約によって、その構造を前提としたさらに高度な可能性が開きます。したがって、
構造形成とは、ある水準の自由度を減らし、その上位に新しい自由度を生み出す過程
ともいえます。
18-2. 構造が次の環境になることで入れ子構造が形成される
この原理を繰り返すと、入れ子構造が形成されます。
環境A → 探索 → 構造A
└→ 構造Aが環境Bになる → 探索 → 構造B
└→ 構造Bが環境Cになる → 探索 → 構造C
人間社会は、
過去に形成された構造を環境として、その内部にさらに新しい構造を形成する
ことで複雑になっていきます。
19. 時間的発展と階層的発展
ここまでを整理すると、構造形成には二つの方向があります。
19-1. 時間方向
生成 → 固定 → 再生成
同じシステムが時間のなかで変化する運動です。
| 局面 | 内容 |
|---|---|
| 生成 | 探索、自己組織化 |
| 固定 | 安定化、精密化、内部モデル化、制度化 |
| 再生成 | 外部環境との不一致による再探索 |
19-2. 階層方向
環境 → 構造 → その構造が次の環境 → 次の構造
構造が重層化していく運動です。
前者を 循環・往復 、後者を 入れ子・重層化 と整理できます。
20. 文化の垂直発展を重層モデルへ位置づける
第13章で述べた文化の垂直発展は、この重層モデルの一形態として位置づけられます。
ただし第14章で区別したとおり、垂直発展は 同じ主体が自分の構造を対象化し続ける ことで起こります。一方、環境化は 主体が入れ替わる ことで起こります。文化のなかでは、この二つが同時に進行します。ある世代が自分たちの体系を対象化して意味を積み上げ、その積み上がった体系が次の世代には最初から存在する環境になる、という形です。
この過程が長期間続けば、文化は非常に高密度な意味世界になります。
第VII部 統合モデル
21. 開放されながら閉鎖系を発展させる
ここで重要なのは、閉鎖系が必ず外部から完全に切断されるわけではないという点です。
むしろ高度なシステムほど、
外部には開かれながら、内部には安定した閉鎖的構造をもつ
場合があります。
企業がその典型です。外部では市場に適応しなければなりません。内部では、業務制度、ブランド、企業文化、専門知識、コミュニティを安定させます。
この二重性によって、
変化への適応と、蓄積・専門化を同時に行う
ことができます。
21-1. 内部をもちながら開かれている状態
この点は、開放と閉鎖の理解を修正します。
第10章で述べたとおり、開いていることが良く、閉じていることが悪いのではありません。また、開く → 閉じる → 再び開く、という時間的な往復だけでもありません。
高度なシステムでは、
外部とのフィードバックを保ちながら、内部には強い構造をもつ
ことが重要になります。
内部構造がなければ蓄積ができません。外部との接続がなければ硬直します。したがって重要なのは、
内部モデルをもつことではなく、その内部モデルを外界から修正可能な状態にしておくこと
です。これは第10章で述べた往復可能性の言い換えです。
22. 四つの水準の統一と、内部・外部の反転
以上を踏まえると、第1章で挙げた四つの水準は次のように統一できます。
レベル1:認識(個体―環境)
外界 → 知覚・探索 → 予測誤差 → 内部モデル → モデルを使った行動 → 外界へ
レベル2:技能(身体―課題―環境)
探索 → 運動の自己組織化 → 精密化 → 安定した技能 → 新しい課題 → 再組織化
レベル3:社会活動(集団―環境)
一次ニーズ → 社会的試行錯誤 → 有効な実践 → 制度・規範 → 二次ニーズ
↓
体系化 → 環境変化 → 制度再編
レベル4:文化・企業(制度・意味世界)
活動 → 自己対象化 → 歴史・思想・物語 → 意味世界 → 内部構造の重層化
↓
外部環境との再接続
22-1. 階層をまたぐと内部が外部へ反転する
この四層をつなぐ重要な原理があります。
ある階層では内部構造であるものが、別の階層では外部環境になる
たとえば、次のとおりです。
- 社会が作った言語は、個人には外部環境
- 国家が作った法律は、企業には外部環境
- 企業が作った企業文化は、新入社員には外部環境
- 過去世代が作った武術体系は、新しい学習者には外部環境
つまり「内部と外部」は絶対的な区別ではありません。 どの主体・どの階層から見るかによって反転します。
これは構造の重層性を理解するための重要な視点です。同時に、第10章の開放と閉鎖の区別についても同じことがいえます。 ある系が開放系か閉鎖系かは、どの階層を見ているかによって変わります。
23. 世界を「生成された制約の積層」として見る
ここまでをさらに抽象化すると、人間世界の多くの部分を、
過去に形成された制約が積み重なった世界
として見ることができます。
現在の人間は、生物学的な身体、言語、文化、法、国家、市場、技術、組織、家族制度など、過去に形成された膨大な構造の内部に生まれます。その構造に制約されながら、人間は新しい行動や構造を生成します。
すると、
人間は構造に制約されながら、新しい構造を作り、その構造が次の人間を制約する。
という循環が成立します。
23-1. 「生成された制約」という表現
ここで「構造」を、
生成された制約
と呼ぶこともできます。これには二つの意味があります。
第一に、その制約自体が過去の歴史的な過程から生成されたものであること。第二に、その制約が次の生成を方向づけること。
したがって、
生成 → 制約 → 制約のなかで新しい生成 → 新しい制約
という連鎖になります。
24. 一般モデル
ここまでの議論を最も一般的な形にすると、次のようになります。
主体は環境との相互作用のなかで探索を行い、フィードバックを受けながら有効なパターンを自己組織化する。有効なパターンは反復・学習・制度化・設計などによって安定し、内部モデルまたは構造となる。構造は以後の行動を制約するが、同時により高度な活動を可能にする足場となる。形成された構造は、次の主体・次の世代・次の階層にとって外部環境となり、その内部でさらに新しい探索と構造形成が始まる。
このプロセスには二つの運動があります。
時間的運動
生成 → 固定 → 再生成
階層的運動
環境 → 構造 → 構造が次の環境になる → 次の構造
そしてそれぞれの段階に、 外部フィードバックへの開放 と 内部モデルの固定・精密化 という二つのモードが存在します。
24-1. 本モデルの中心は二項対立ではなく動態である
以上を踏まえると、本理論の中心を、
- 開放系と閉鎖系
- 自己組織化と内部モデル
- 自由と制約
- 外界と観念
- 探索と精密化
という二項対立に置くべきではありません。
重要なのは、
一方から他方が生成され、他方が再び次の一方の条件になる
という動態です。
つまり、 探索が構造を生み、構造が次の探索を可能にし、探索が再び構造を書き換えます。 同様に、 開放系が内部体系を生み、内部体系が次の活動環境となり、外部環境との接触によって再編されます。
25. 現段階での中心命題
現段階では、以下を本理論の中心命題として置きます。
人間の認識・技能・社会活動・文化は、環境との相互作用から自己組織化的に解を生成し、その解を内部モデルまたは構造として固定・精密化・累積し、その構造を足場としてさらに新しい探索を行うことで発展する。形成された構造は、次の主体・次の世代・次の階層にとって環境となるため、発展は「生成―固定―再生成」という時間的往復と、「構造―環境―新構造」という階層的重層化の双方として進行する。
さらに社会・文化については、次を付け加えられます。
社会的活動が成熟すると、一次的な外部ニーズを解く過程で形成された構造そのものが対象化され、二次ニーズ、規範、思想、歴史、物語、アイデンティティなどが累積する。これによって社会的内部モデルは意味世界へ発展し、文化となる。
第VIII部 課題と結論
26. 今後の理論上の課題
このモデルをさらに強くするには、少なくとも次の問題を区別して検討する必要があります。
第一に、自己組織化と意図的設計の関係です。 第3章と第4章で、両者が単純な二択ではないこと、硬直の要因が生成の経路ではなく外部への開かれ方にあることまでは述べました。しかし、自己組織化された慣習を後から制度化するとき何が失われるのか、設計された制度が現場で別の形へ自己組織化するのはどのような条件でか、という点は未解決です。
第二に、どの構造を固定し、どの構造を外部フィードバックへ開くべきかという問題です。 すべてを可変にすれば蓄積ができず、すべてを固定すれば適応ができません。第10章で往復可能性を指標として挙げましたが、その判定の手続きは示せていません。
第三に、異なる時間スケールの関係です。 短期的には固定されている構造でも、長期的には変化している場合があります。
第四に、階層間のフィードバックです。 上位構造が下位主体を拘束するだけでなく、下位主体の行動が蓄積することで上位構造そのものが変わります。本稿の階層モデルは主に上から下への拘束を扱っており、下から上への経路の記述が手薄です。
したがって最終的には、
ボトムアップの生成とトップダウンの制約が循環する多層システム
として理論化する必要があります。
27. 結論
本稿の中心にあるのは、
構造は最初から存在するのではなく、過去の探索・相互作用・選択の結果として形成される
という考え方です。
形成された構造は自由を制約します。しかし同時に、その構造を足場として、より複雑な活動を可能にします。さらに、その構造は次の主体・世代・階層にとって環境になります。その環境の内部で、新しい探索と自己組織化が始まります。
したがって人間世界の発展を、
探索 → 構造 → 構造を環境とした探索 → 新しい構造
という重層的な生成の過程として見ることができます。
このモデルでは、自己組織化と体系化、開放と閉鎖、外界と内部モデル、探索と精密化、自由と制約は、互いに排他的なものではありません。むしろ一方が他方を生み、他方が再び次の一方を可能にします。
生成が構造を生み、構造が次の生成を可能にする。
この循環と重層化こそが、認識、技能、制度、国家、企業、文化といった多様な対象に共通して現れる発展構造ではないか、というのが現段階での中心仮説です。
空間の軸、すなわち開放された系の内部に閉じた系が形成されることが何を生むのかについては、中編『開放系の中の閉鎖系』で扱います。
この見方が外れる条件
本モデルは、次の場合に成り立ちません。
- 構造が探索の履歴を反映していない場合。 ある制度や技法が、過去の試行錯誤とは無関係に、外部から一度に移植されただけで機能し続けているなら、「構造は過去の探索の結果である」という定義は当てはまりません。
- 固定を経ずに高度化する事例がある場合。 探索の状態を保ったまま、蓄積も精密化も進む活動が示されれば、生成と固定の往復という枠組みは不要になります。
- 階層をまたぐ反転が観察されない場合。 ある階層の構造が次の階層で外部環境として働かず、無関係に並存しているなら、重層モデルは説明力をもちません。
注記
本稿の「生成・固定・再生成」「構造が次の環境になる重層化」という統一モデル自体は、参照した文献に既存の単一理論として存在するものではありません。予測処理理論、エコロジカル・ダイナミクス、歴史的制度論の経路依存、国家形成論、進化生物学、散逸構造論などの既存研究を参照しながら構成した仮説モデルです。
引用した文献は、モデル全体の証明としてではなく、各部分の考え方の参考として位置づけています。特にⅤ(適用範囲の検討)で扱った生物進化と物質世界については、限定的な類比・背景的な類比として明示的に区別しています。
参照資料
1. Furutachi, S. & Hofer, S. B. “Rethinking Predictive Processing.” Annual Review of Neuroscience , Vol. 49 (2026). DOI: 10.1146/annurev-neuro-102124-031410. 脳が感覚入力を予測し、予測誤差を用いて内部モデルを修正するという基本構想と、その経験的・概念的な限界をレビューしています。 https://www.annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-neuro-102124-031410 関連して、G. B. Keller, “Predictive Processing: A Circuit Approach to Psychosis,” Annual Review of Neuroscience , 2024. https://www.annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-neuro-100223-121214 ↩
2. エコロジカル・ダイナミクスでは、技能を固定された運動プログラムの単純な再生としてではなく、個体・課題・環境の制約の相互作用から継続的に再組織化されるものとして扱います。 C. T. Woods et al., “Sport Practitioners as Sport Ecology Designers,” Frontiers in Psychology , 2020. https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2020.00654/full V. M. Gottwald et al., “Every story has two sides: evaluating information processing and ecological dynamics perspectives of focus of attention in skill acquisition,” Frontiers in Sports and Active Living , 2023. https://www.frontiersin.org/journals/sports-and-active-living/articles/10.3389/fspor.2023.1176635/full ↩
3. Bruineberg, J. & Rietveld, E. “Self-organization, free energy minimization, and optimal grip on a field of affordances,” Frontiers in Human Neuroscience , 8:599 (2014). DOI: 10.3389/fnhum.2014.00599. 長い時間スケールで形成されたダイナミクスが、短い時間スケールの行動に対する制約として働くという議論を含みます。本稿の「過去の形成物が次の行動の制約になる」という考えに近いものです。 https://www.frontiersin.org/journals/human-neuroscience/articles/10.3389/fnhum.2014.00599/full ↩
4. Capoccia, Giovanni & Kelemen, R. Daniel. “The Study of Critical Junctures: Theory, Narrative, and Counterfactuals in Historical Institutionalism.” World Politics , 59(3), 341–369 (2007). 歴史的制度論における critical juncture と path dependence について。ある時点で成立した制度が、その後の主体のインセンティブ、世界観、資源配分を形成することで固定化していくという議論です。 Giovanni Capoccia & R. Daniel Kelemen, “The Study of Critical Junctures,” World Politics , 2007. https://www.cambridge.org/core/journals/world-politics/article/study-of-critical-junctures-theory-narrative-and-counterfactuals-in-historical-institutionalism/BAAE0860F1F641357C29C9AC72A54758 Giovanni Capoccia, “Critical Junctures and Institutional Change,” in Advances in Comparative-Historical Analysis . https://www.cambridge.org/core/books/advances-in-comparativehistorical-analysis/critical-junctures-and-institutional-change/D544FCBA82856F284FAD815109EFF827 ↩
5. Tilly, Charles. “War Making and State Making as Organized Crime,” in Peter B. Evans, Dietrich Rueschemeyer & Theda Skocpol (eds.), Bringing the State Back In , Cambridge University Press (1985), pp. 169–191. ティリーの国家形成論では、戦争の遂行と国家能力の形成との相互関係が重視されました。ただしこの議論は国家形成一般についての唯一の説明ではなく、その適用範囲については継続的な論争があります。 ティリー(Charles Tilly), “War Making and State Making as Organized Crime,” in Bringing the State Back In . https://www.cambridge.org/core/books/bringing-the-state-back-in/war-making-and-state-making-as-organized-crime/7A7B3B6577A060D76224F54A4DD0DA4C Lars-Erik Cederman et al., “War Did Make States: Revisiting the Bellicist Paradigm in Early Modern Europe,” International Organization , 2023. https://www.cambridge.org/core/journals/international-organization/article/war-did-make-states-revisiting-the-bellicist-paradigm-in-early-modern-europe/03778BD632D40115AF31D06A3F81F91D ↩
6. National Human Genome Research Institute, “Evolution” および “Human Genomic Variation.” 遺伝的変異が進化の素材となり、自然選択などによって集団内の形質頻度が変化するという基本的な説明です。本稿ではこれを人間社会と同じ機構だと主張するのではなく、「変異―選択―安定化された構造が次の変化の条件になる」という限定的な類比として参照します。 https://www.genome.gov/genetics-glossary/Evolution https://www.genome.gov/about-genomics/educational-resources/fact-sheets/human-genomic-variation ↩
7. プリゴジン(Ilya Prigogine)の散逸構造論。非平衡の開放系において、環境とのエネルギー・物質の交換に依存して秩序だった構造が形成・維持されうることを示しました。本稿では物質世界まで統一理論を拡張する根拠とはせず、「環境との相互作用から構造が生成される」という背景的な類比としてのみ参照します。 プリゴジン(Ilya Prigogine), Nobel Lecture, 1977. https://www.nobelprize.org/uploads/2018/06/prigogine-lecture.pdf Nobel Prize, “The 1977 Nobel Prize in Chemistry – Press release.” https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/1977/press-release/ ↩