開放系の中の閉鎖系

主体・組織・学問・文化の形成モデル

本稿の位置 :本プロジェクト第2部(一般論)の中編にあたります。前編が時間の軸(生成・固定・再生成)を扱ったのに対し、本稿は 空間の軸 を扱います。 プロジェクトの表題になっている命題を提示する稿です。


要旨

本稿では、開放された系の内部に相対的に閉じたサブシステムが形成されることによって、主体性、独自性、専門性、文化が生まれるという仮説を提示します。

外部環境へ適応し続けるだけでは、環境が変わるたびに反応の仕方も変わり、持続的な独自性は形成されにくくなります。外部との相互作用から得た経験が内部モデルとして保持され、環境より遅い時間尺度で変化することによって、主体は一定の方向性を保てるようになります。

ここでいう閉鎖は情報の遮断ではありません。外部から得た情報をそのまま通すのではなく、内部で形成された概念、価値、規則、文化を介して変換することです。企業文化、ブランド、パラダイム、自我、価値観、伝統などを、この構造の異なる現れとして検討します。

内部モデルには一定の変化しにくさが必要ですが、それが硬直へ変わる可能性もあります。両者を分けるのは変化の速さではなく、外部からの訂正経路が保たれているかどうかです。

本稿の見取り図

【入れ子の構造】開放された系の内部に、相対的に閉じた系が形成されます

   ┌──────────── 開放系(外部から訂正される)────────────┐
   │  市場・社会・観測と実験・本来のニーズ                │
   │                                                 │
   │      ┌────── 相対的閉鎖系(自律性の器)──────┐      │
   │      │  組織文化・自我・パラダイム・伝統      │      │
   │      │                                   │      │
   │      │  外部の情報を、そのまま通さずに変換する │      │
   │      └───────────────────────────────────┘      │
   │                          ↓                      │
   │                    独自の出力                     │
   └──────────────────────────────────────────────────┘


【三つの局面】前編の三段階を、空間の軸から言い直したものです

   第一局面:開放      外部世界と相互作用し、情報を得て、失敗し、学習する
        ↓
   第二局面:内部形成  経験が自己組織化し、概念・価値・規則・文化になる
        ↓
   第三局面:再開放    内部モデルを用いて外部へ働きかけ、結果を受けて修正する
        ↓
      (第一局面へ戻る)

第I部 主体はどのように成立するか

1. 問題設定

これまでの議論では、人間の社会的な活動を大きく二種類のフィードバック構造から捉えてきました。

一つは、市場、競争、実験、勝敗、失敗など、体系の外側から結果が返ってくる 開かれたフィードバックループ です。

もう一つは、文化の内部の規則、価値観、作法、思想、資格の体系などを基準として内部的に精密化していく 閉じたフィードバックループ です。

当初、この二つは主として、開放系が適応・探索・変化、閉鎖系が保存・精密化・体系化、という対比として捉えていました。

しかしさらに考えると、閉鎖系にはより積極的な役割があります。それは、

開放系から得た大量の情報や経験を、そのまま流し続けるのではなく、内部で統合し、一貫した構造として保持すること

です。

この観点からすると、企業のブランドや組織文化、科学におけるパラダイム、個人における自我や価値観、社会における文化などは、共通した構造として捉えられます。

すなわち、本稿の中心の仮説は次のものです。

開放された系の内部に相対的に閉じたサブシステムを形成することが、主体性・独自性・専門性・文化を生み出す。


2. 開放されているだけでは主体にならない

あるシステムが外部環境に完全に開かれている場合、そのシステムは外部から入ってくるフィードバックに継続的に適応します。

これは高い適応の能力を生みます。しかし同時に、 環境に最適化されすぎる という問題が起こります。

外部から、Aが評価されればAへ適応し、Bが評価されればBへ適応し、Cが流行すればCへ移る。この場合、そのシステムには持続的な独自性が形成されにくくなります。

   完全な開放:外部入力 → 直接反応

という構造だけでは、主体は形成されません。主体が成立するためには、次の中間の構造が必要になります。

   主体:外部入力 → 内部モデル → 選択・変換 → 独自の出力

この「内部モデル」が、本稿における相対的な閉鎖系です。

ただし、ここは正確に断っておく必要があります。 本稿は主体の構造を述べるために、内部モデルを相対的な閉鎖系と呼びます。しかし 厳密には、内部モデルと閉鎖系は別の概念です。 内部モデルは閉鎖系そのものではなく、開放と閉鎖の両方を媒介する構造です。開放型のフィードバックによって形成・修正され、閉鎖型のフィードバックによって精密化・保存されます。 この区別は第2部の後編『内部モデルとは何か』で扱います。 本稿では、主体の内部にあって外部の情報を変換する部分、という限定された意味で使います。

ただし、ここで正確に述べておく必要があります。 完全に開かれたシステムに内部の変換がまったくないわけではありません。どんなシステムも、入力を何らかの形で処理します。違いは変換の有無ではなく、 その変換が持続するかどうか です。環境が変わるたびに変換の仕方そのものが入れ替わるなら、外から見れば直接反応と区別がつきません。したがって主体性の条件は、内部モデルが存在することよりも、 それが環境の変化より遅い時間スケールをもつこと にあります。この点は第20章と第21章で詳しく扱います。


3. 閉鎖系とは外部との切断ではない

ここでいう閉鎖系は、外部世界から情報を遮断することではありません。むしろ反対に、

外部との相互作用によって得られた情報が、内部で自己組織化され、一定のまとまりをもつようになった状態

です。

たとえば人間は、経験、他者の言葉、成功、失敗、読書、社会的な評価などから大量の情報を受け取ります。しかしそれらが単なる断片のまま蓄積されるわけではありません。類似した経験が結びつき、次のようにまとまっていきます。

   パターン → 概念 → 価値判断 → 世界観

開放系における相互作用の履歴が圧縮され、内部構造になる。

この意味で閉鎖系の形成は、 遮断 ではなく、 内在化・統合・圧縮・構造化 です。

前編の第7章で述べたとおり、ここでいう内部モデルは、完成した解を保存したものではありません。 その場の状況に応じて解を構成するために使われる材料です。したがって内部モデルをもつことと、毎回同じ出力が出ることは、別のことです。


4. 自己組織化としての内部モデル形成

この内部構造は、必ずしも最初から設計されるわけではありません。多くの場合、次の形で自己組織化します。

   経験 → 反復 → 類似性の認識 → パターン → 概念 → モデル

その後、人間は形成された構造をさらに、言語化し、分類し、矛盾を修正し、精密にし、教え、保存できます。

したがって内部モデルの形成には二つの段階が考えられます。

段階 内容
第一段階:自己組織化による形成 外界との相互作用から、設計者なしにまとまりが生まれる
第二段階:意図的な精密化 形成されたまとまりを意識的に整理し、体系として発展させる

これは前編の第3章で述べた自己組織化と意図的設計の区別に対応します。 同じ内部モデルのなかで、両方が働きます。順に一度ずつではなく、往復します。 意図的に精密化した結果が次の自己組織化の材料になり、そこからまた新しいまとまりが生じます。 文化、思想、組織文化、個人の世界観などは、この二段階を通じて形成されると考えられます。


第II部 企業の場合

5. 市場という開放系と、その限界

企業は、このモデルを理解するうえで分かりやすい例です。

企業は原理的に市場へ開かれています。市場から、売上、顧客の行動、競争、価格、技術革新、評判などのフィードバックを受けます。

市場志向(market orientation)の議論でも、企業が顧客や競合についての市場の情報を収集し、それを組織の内部で共有し、行動へ反映することが重視されています [1]

したがって市場は、典型的な開放フィードバック系です。


5-1. 市場適応だけでは独自の企業にならない

しかし企業が市場からの情報に直接反応するだけなら、「いま顧客が欲しがっているもの」「いま競合が成功しているもの」「いま売れているもの」へ次々と適応することになります。

これは短期的には合理的です。しかし極端になれば、商品が競合と似る、意思決定が短期的になる、方針が頻繁に変わる、ブランドが不明確になる、組織の独自性が弱くなる、といった問題が生じます。

市場に適応し続けるだけでは、企業は市場の鏡になる。

独自の企業になるためには、市場と企業のあいだに何らかの内部の変換の構造が必要になります。


6. 組織文化という内部モデル

そこで生じるのが、ミッション、価値観、組織文化、ブランド理念、独自の判断基準、歴史、ナラティブです。

組織アイデンティティの研究では、組織が「われわれは何者なのか」を定義することが、組織の行動や戦略と関係することが論じられてきました。アイデンティティは単なるスローガンではなく、組織が何を行い、何を行わないかを方向づける枠組みになりえます [2]

また組織文化の研究でも、共有された価値や規範が意思決定に影響することが幅広く研究されています [3]

この観点からすると、企業文化とは、

市場から得た情報を企業独自の判断へ変換する内部モデル

と理解できます。


6-1. 開放系の中の閉鎖系としての企業

企業の構造は次のようになります。

   市場(顧客・競合・技術・価格)
    ↓
   企業内部(理念・文化・ブランド・アイデンティティ)
    ↓
   判断
    ↓
   商品・戦略
    ↓
   再び市場へ

外部では市場に開き、内部では独自の閉鎖系を形成する。

この二重の構造が重要です。 閉鎖系が弱すぎれば、市場に過剰適応します。閉鎖系が強すぎれば、市場から遊離します。

したがってすぐれた組織には、

外から情報を取り込みながら、その情報を内部モデルで選択・変換できること

が必要になります。


6-2. ブランドも内部モデルの外部表現である

ブランドについても同じように考えられます。ブランドは単なるロゴや知名度ではありません。企業の内部の価値観、美意識、判断の基準、歴史、世界観などが、商品やコミュニケーションを通して外部へ表現されたものと捉えられます。

消費文化理論(Consumer Culture Theory)では、消費が単なる機能的な選択ではなく、文化的な意味、アイデンティティ、象徴的な価値の形成と深く関係することが論じられています [4]

したがって、

組織文化が内部モデルなら、ブランドはその内部モデルが市場との接点に現れた表象

と考えることもできます。


7. 独自性は「市場から少し離れる」ことで生まれる

市場の調査によって「消費者はAを求めている」と分かったからAを作るだけなら、他社も同じ情報を利用できます。したがって市場の情報だけからは、本質的な独自性は生まれにくくなります。

独自性には、

「市場ではこれが人気だが、われわれはこう考える」

という内部の判断が必要になります。ここには市場からの 相対的な距離 が必要です。

ただし市場を無視するわけではありません。市場の情報を取り入れたうえで、それを内部の価値体系によって変換します。

したがってブランドとは、

市場への開放性と、市場からの相対的な自律性のあいだに生まれるもの

ともいえます。


第III部 学問の場合

8. 開放性だけでは専門研究ができない

同じ構造は学問にもあります。

科学は原理的には、観測、実験、批判、再現、反証などを通じて外部の現実に開かれています。ポパーは科学の理論が反証可能であり、批判的なテストにさらされることを重視しました [5]

この立場だけを見ると、「科学は可能な限り開いているべきだ」という結論になりやすくなります。

しかし実際の研究の活動では、すべての前提を常に疑っていたら研究を進められません。


8-1. クーンと通常科学:一度閉じることで深く掘る

クーンは、成熟した科学では一定のパラダイム、あるいは 専門分野の枠組み (disciplinary matrix)を共有した研究者が、その内部で「パズル」を解いていく通常科学の時期が存在すると論じました [6]

通常科学では、基本の概念、標準的な方法、代表的な問題、測定の方法などがある程度は固定されます。研究者は毎回、「この学問自体は成立するのか」から考え直しません。

その結果、限定された問題の領域を非常に深く追究できます。つまり、

ある程度閉じるからこそ専門化できる。

という逆説があります。


9. ポパーとクーンをこのモデルから読む

この観点から見ると、ポパーは 科学の体系を外部の批判・反証へ開いておく必要性 を、クーンは 一定の体系を一時的に固定し、その内部で精密化する必要性 を、それぞれ強調していると捉えられます。

完全に ポパー 的に開き続ければ、安定した専門の研究が難しくなります。完全に クーン 的な通常科学だけになれば、パラダイムがドグマになる危険があります。

したがって科学も、次の運動を必要とすると考えられます。

   開放 → 限定的な閉鎖 → 専門的な精密化 → 再開放

ただし、これは本稿のモデルからの読み方です。 ポパーとクーンの論争は、科学が実際にどう営まれているかという記述の問題と、科学がどうあるべきかという規範の問題の両方にまたがっており、本稿はそれを解決するものではありません。 両者を一つのモデルの二つの局面として整理できる、という以上の主張はしません。


10. 哲学は「統合のための閉鎖」を担うのか

このモデルから、科学と哲学の役割の分担も考えられます。

科学は世界を細分化し、観察、測定、実験、検証を続けます。そのため非常に強い開放性をもちます。しかし科学から生み出される知識は分散しています。

そこで哲学は、科学、経験、歴史などから得られた大量の情報を、

一度、観念の内部へ引き取り、統一的な世界像として構成する

役割を担いえます。

役割
科学 世界へ開き、知識を増やす
哲学 得られた知識を内部で統合する

ただし哲学が完全に内部へ閉じれば、現実から遊離します。したがって、 科学的な探索 → 哲学的な統合 → 再び現実との照合 、という往復が必要になります。

これは本稿の仮説的な一般化であり、特定の科学哲学にそのまま対応する主張ではありません。 なお、思想体系をどのような基準で評価できるかという問題は、補論『反証可能性と思想体系の評価基準』で扱います。


第IV部 個人と集団の場合

11. 社会への開放性と、その限界

この構造は個人にも適用できます。

人間は社会から、言語、価値観、規範、知識、行動の様式、他者からの評価を受け取って成長します。つまり個人は根本的には外部へ開かれています。完全に社会から切断された状態では、人間的な認識や文化を形成すること自体が難しくなります。

しかし社会に開かれているだけでは、個人は主体になりません。


11-1. 社会へ過剰に適応すると主体性が弱くなる

周囲が評価するものを自分も評価する。周囲が嫌うものを自分も嫌う。流行するものを自分も追う。こうした反応だけなら、人間は集団への適応者になります。

高い社会適応性はもてても、 「自分はどう考えるか」 という内部の基準をもちません。

したがって主体性には、次の内部の構造が必要になります。

   社会 → 自我・価値観・世界観 → 判断 → 行動

11-2. 個性とは閉じた内部構造なのか

この観点からすると、個性についても新しい定義が可能になります。

個性とは、 生まれつき外部世界とは無関係に存在する固定的な本質 というより、

外部世界との相互作用から形成された経験が内部で自己組織化し、一定の自律性をもつようになった構造

と考えられます。

つまり個性も、 開放性の内部に形成された相対的な閉鎖系 です。


12. 自我形成と自他分離

この仮説は発達の過程とも接続できます。

青年期は、自分についての理解やアイデンティティが大きく発達・再編される時期として研究されています。自己概念は他者や社会環境との相互作用を受けながら形成され、青年期には自己と他者についての理解が大きく変化します [7] [8]

これを本稿のモデルから解釈すると、幼い段階では 家族や集団と自己の境界が比較的弱い といえます。その後、「親がどう思うか」とは別に、「私はどう思うか」という内部の基準が形成されます。

反抗期のすべてを単純にこのモデルだけで説明することはできませんが、自他の分離やアイデンティティの形成を、

社会的な開放系の内部に、自己という相対的に自律したサブシステムを形成する過程

として概念化することは可能です。


13. 主体性とは「選択的開放性」である

ここから、主体性をより一般的に定義できます。

構造
完全な開放 外部入力 → 直接反応
完全な閉鎖 内部モデル → 外部情報を無視
主体 外部入力 → 内部モデル → 選択・拒否・変換 → 行動

したがって、

主体性とは、外部に開きながら内部モデルを介して情報を選択する能力、すなわち「選択的開放性」である。

この定義なら、 「主体的であること」と「他人の意見を聞かないこと」を明確に区別できます。 主体は開かれています。ただし、外部の情報をそのまま受け取りません。内部の構造を通して処理します。


14. 企業と個人は同じ構造をもつ

企業について考えた構造と、個人について考えた構造は、よく似ています。

外部 内部モデル 出力
企業 市場 組織文化・ブランド・理念 商品・戦略
個人 社会 自我・価値観・世界観 主体的行動

つまり両者とも、

外部から入力を受けながら、内部モデルによって変換して独自の出力を行う。

内部モデルがなければ、環境へ追随します。内部モデルが硬直すれば、環境との接続を失います。

ただし、この類似の扱いには注意が要ります。 企業と個人を同じモデルで記述したのですから、記述が似るのは当然です。 構造の類似そのものは、共通の機構が働いていることの証拠にはなりません。 本稿が主張しているのは、この形で記述すると両者について同じ問い(内部モデルが弱すぎないか、強すぎないか)を立てられる、という点です。


14-1. 集団も同じ構造をもつ

個人だけではなく、集団にも同じ構造を考えられます。

社会のなかに存在する集団は、法律、市場、他の集団、社会規範、政治の状況などから影響を受けます。しかし同時に、集団の規範、歴史、価値観、共通の語彙、儀礼、アイデンティティを内部に形成します。

これが集団を単なる「人の集まり」ではなく、 一つの社会的な主体 にします。


15. 文化も社会内部の相対的閉鎖系である

文化についても同じ説明が可能です。

文化は最初、現実の問題 → 試行錯誤 → 有効な解、として生まれます。しかし蓄積された経験が、技法、作法、思想、物語、美意識、歴史として内部にまとまります。

すると文化は、社会全体の変化から相対的に独立した時間をもつようになります。その結果、

社会が大きく変化しても、一つの意味世界を維持できる。

この意味で文化も、社会という巨大な開放系の内部に形成された相対的な閉鎖系と捉えられます。 第1部で扱った文化論は、この一般構造の一つの事例だったことになります。


第V部 共通構造と一般モデル

16. 共通構造

ここまでを整理すると、次のようになります。

対象 外部の開放系 内部の相対的閉鎖系 外部への出力
個人 家族・社会・経験 自我・価値観・世界観 主体的行動
企業 市場・顧客・競争 組織文化・ブランド・理念 商品・戦略
科学 観測・実験 パラダイム・専門領域 理論・予測
哲学 経験・科学・歴史 統合された世界像 解釈・思想
集団 社会環境 規範・共同体意識 集団的行動
文化 本来的ニーズ・社会 技法・作法・思想・伝統 文化実践

これらはすべて、 外部 → 内部モデル形成 → 内部精密化 → 外部への再出力 という共通の構造をもつ可能性があります。


17. 独自性はどこから生まれるのか

ここから独自性について重要な仮説が導かれます。

独自性は、外部世界と無関係なところから突然、生じるわけではありません。外部との相互作用によって得られた経験が、 内部で独自に構成されること によって生じます。

したがって、

独自性とは、外部との接触を断つことではなく、外部との相互作用の履歴を独自の内部モデルへ変換することによって生まれる。

これは、人間の個性、企業のブランド、学派、文化、哲学の体系に共通する可能性があります。


17-1. 「閉じること」は深さを作る

開放性が強いほど、多くの新しい情報を取り込めます。しかし情報を取り込み続けるだけでは、体系は完成しません。

どこかで「いったんこの枠組みで考える」必要があります。そこから、精密化、反復、深掘り、技能化、統合が可能になります。

したがって閉鎖には、

探索の範囲を限定することで深さを作る

機能があります。科学における専門の研究も、文化における修行も、企業の文化も、個人の思想の形成も、この限定によって可能になります。


17-2. しかし閉じすぎれば硬直する

一方、内部モデルが強くなりすぎると、次の現象が起こります。

   外部情報 → 「自分たちの体系では重要ではない」 → 排除

企業なら市場から遊離します。学問ならドグマになります。個人なら独善になります。文化なら原理主義になります。

したがって、

内部モデルは必要だが、絶対化してはならない。

ここでも重要なのは開放と閉鎖の往復です。


18. 一般モデル:開放・内部形成・再開放

ここまでを最も簡潔にまとめると、人間の主体的なシステムには三つの局面があります。

局面 内容
第一局面:開放 外部世界と相互作用する。情報を得る。失敗する。評価される。学習する
第二局面:内部形成 経験が自己組織化し、概念・価値・規則・アイデンティティ・パラダイム・文化となる。さらにそれを能動的に精密化する
第三局面:再開放 形成した内部モデルを用いて外部世界へ働きかける。結果を受け取り、必要ならモデルを修正する

したがって、

開放 → 内部形成 → 再開放

という循環が成立します。


19. 前編の「生成・固定・再生成」との関係

前編では、 自己組織化による生成 → 固定化による成熟 → 外部への再開放による再生成 という三段階のモデルを提示しました。

本稿のモデルは、その構造を空間の軸から言い直したものです。

前編(時間の軸) 本稿(空間の軸)
第一 生成 開放
第二 固定 内部形成
第三 再生成 再開放

同じ運動を、いつ起こるかで見るか、どこに位置するかで見るかの違いです。 前編が「同じ系が時間のなかで変化する」ことを述べたのに対し、本稿は「異なる階層が同時に成立している」ことを述べます。両方が同時に言えることは、前編の第12章で確認したとおりです。


19-1. 「開放系の中の閉鎖系」という基本構造

したがって本稿の中心の命題は、

健全な主体とは、開放系か閉鎖系かのどちらかではなく、開放系の内部に相対的に閉じた構造をもつシステムである。

となります。

対象 開かれている先 内部にもつもの
企業 市場 組織文化・ブランド
科学 現実 専門的なパラダイム
個人 社会 自我・価値観
社会 変化し続ける環境 文化・伝統

20. 閉鎖系は「自律性の器」である

この考えをさらに抽象化すると、相対的な閉鎖系には、

自律性を保持する器

としての機能があります。

外部の環境に完全に従属しないためには、内部に一定の持続性が必要になります。

企業が市場の変化のたびに理念を変えない。個人が他者の評価のたびに価値観を変えない。科学者が一つの異常なデータのたびに研究の体系を捨てない。文化が社会の変化のたびに過去を捨てない。

この一定の「鈍さ」が、主体を成立させます。

したがって、

環境への適応に対する一定の抵抗そのものが、自律性の条件になりうる。

これは重要な逆説です。第2章で述べた「主体性の条件は内部モデルの存在よりも、それが環境の変化より遅い時間スケールをもつことにある」という点が、ここで意味をもちます。


21. 「鈍さ」と「硬直」を分けるもの

内部モデルには一定の慣性が必要です。しかしその慣性が強すぎれば硬直します。

したがって問題は、 変わるか、変わらないか ではありません。 何をどの速度で変えるか です。

表層的な戦略や行動は比較的速く変えてよいものです。しかし、基本の価値、アイデンティティ、世界観は、よりゆっくり変化します。このように内部の構造が複数の時間スケールをもつことで、 安定性 適応性 を同時に保持できる可能性があります。

では、鈍さと硬直はどこで分かれるのか。 本モデルからいえるのは、速度の違いではなく 訂正の経路が生きているかどうか です。

状態
鈍さ 訂正を受け付けるが、単発の情報では動かない。一定量の不一致が蓄積すれば変わる
硬直 訂正の経路そのものが閉じている。どれだけ不一致が蓄積しても内部で処理される

第1部で述べた往復可能性が、ここでの判定の基準にあたります。 外から見た変化の遅さは、両者を区別しません。 見るべきは、外部の結果が内部モデルへ届く経路が残っているかどうかです。


21-1. 主体性の一般原理

最終的には、主体性そのものを次のように捉えられます。

主体とは、環境から独立した存在ではなく、環境との相互作用のなかから形成された内部モデルをもち、そのモデルを介して環境と選択的に相互作用するシステムである。

したがって主体の形成には、次の循環が必要になります。

   ①外部へ開く → ②経験を蓄積する → ③内部に構造を作る → ④その構造を精密化する
                                                              ↓
        ⑦必要に応じて内部構造を更新する ← ⑥外部からフィードバックを受ける
                                              ↑
                                    ⑤構造を通じて外部へ働きかける

22. 結論:独自性は「開放と閉鎖の入れ子構造」から生まれる

本稿の検討から、開放系と閉鎖系は単純な対立物ではないことが分かります。

可能にするもの
開放系 学習・探索・適応・誤りの訂正
閉鎖系 統合・深化・精密化・アイデンティティ・独自性・保存

前者だけでは、環境への反応だけが続き、独自の主体が形成されにくくなります。後者だけでは、内部モデルが現実から遊離します。

したがって、主体的なシステムに必要なのは、

外部に開かれながら、その内部に相対的に自律した閉鎖系を形成し、その閉鎖系を介して再び外部へ開くこと

です。

企業におけるブランドと組織文化、科学におけるパラダイム、哲学における世界像、個人における自我と価値観、社会における文化。これらはすべて、

開放された世界のなかに形成された「自律性の器」

として統一的に理解できる可能性があります。

最も簡潔に表現すれば、

開くことで学び、閉じることで自己を作り、再び開くことで主体として世界へ働きかける。

この循環こそが、個人から企業、学問、文化に至るまで、独自性をもつシステムが形成され、維持され、更新される一般の原理なのかもしれません。

第1部で文化から取り出した構造を、ここまでで時間の軸と空間の軸の両方から定式化しました。 第2部の後編では、ここまで使ってきた語そのものを精密に分けます。 内部モデル、システム、自己組織化、フィードバックループ、意図的設計。これらは関連しますが同じではありません。その区別を置いたうえで、第3部で個人の認知へ降ります。


この見方が外れる条件

本モデルは、次の場合に成り立ちません。

  1. 内部モデルをもたないまま独自性を保つ主体が一般的である場合。 本稿は、独自性が内部での変換から生じると述べています。環境への直接の反応だけで持続的な独自性を示す事例が一般的であれば、この説明は不要になります。
  2. 鈍さと硬直が訂正の経路で区別できない場合。 第21章は、両者を変化の速度ではなく訂正経路の生死で分けています。外から見て同じ速度で変化しない二つの体系のあいだに、訂正経路の違いが見いだせないのであれば、この基準は働きません。
  3. 企業・科学・個人・文化の類似が、記述の枠組みだけによるものである場合。 第14章で述べたとおり、同じモデルで記述すれば似て見えます。それぞれの領域で独立に観察された特徴が一致しないのであれば、共通構造という主張は記述上の便宜にとどまります。

注記

本稿の「開放系の中の閉鎖系」「自律性の器」「開放→内部形成→再開放」という統一モデル自体は、参照した文献に既存の単一理論として存在するものではありません。組織アイデンティティ、組織文化、市場志向、消費文化理論、クーンの通常科学、ポパーの反証主義、自己概念の発達などの既存研究を参照しながら構成した仮説モデルです。

とくに次の三点は本稿の解釈です。第一に、ポパーとクーンを一つのモデルの二つの局面として整理する読み方。第二に、科学と哲学の役割分担についての記述。第三に、企業・科学・個人・文化を同型として扱う点です。


参照資料

1. Market orientation については、組織が競合や市場についての情報を取得し、共有し、応答する志向として説明されています。企業を市場フィードバックへ開かれたシステムとして考える際の近接概念です。Kohli, A. K. & Jaworski, B. J. (1990). “Market Orientation: The Construct, Research Propositions, and Managerial Implications.” Journal of Marketing , 54(2), 1–18. DOI: 10.1177/002224299005400201 https://doi.org/10.1177/002224299005400201

2. Oliver, David. “Identity work as a strategic practice,” in Damon Golsorkhi, Linda Rouleau, David Seidl & Eero Vaara (eds.), Cambridge Handbook of Strategy as Practice , Cambridge University Press (2015). 組織アイデンティティと戦略実践の相互の関係を論じ、アイデンティティが戦略を可能にするとともに制約することを扱っています。 https://www.cambridge.org/core/books/cambridge-handbook-of-strategy-as-practice/identity-work-as-a-strategic-practice/0C9420F00F17E4EAF532E86919FE757C

3. 組織文化が価値・規範を通じて意思決定を方向づけるという研究の領域は広いものです。近年のレビューの例として、Roy, A., Newman, A., Round, H. & Bhattacharya, S. “Ethical Culture in Organizations: A Review and Agenda for Future Research,” Business Ethics Quarterly , 34(1), 97–138 (2024). 89件の研究を統合し、組織文化と意思決定・行動との関係を整理しています。 https://www.cambridge.org/core/journals/business-ethics-quarterly/article/ethical-culture-in-organizations-a-review-and-agenda-for-future-research/5ECE055C6B5A931FCD12D6D28E297EDC

4. Eric J. Arnould & Craig J. Thompson, “Consumer Culture Theory (CCT): Twenty Years of Research,” Journal of Consumer Research , 2005. 消費を文化的な意味、アイデンティティ、市場のイデオロギーなどとの関係から捉えた研究の潮流を整理した古典的なレビューです。 https://academic.oup.com/jcr/article/31/4/868/1812998

5. Stephen Thornton, “Karl Popper,” Stanford Encyclopedia of Philosophy . Popper の批判的合理主義、反証可能性、科学理論を厳しいテストへさらすという考え方についての概説です。 https://plato.stanford.edu/entries/popper/

6. Alexander Bird, “Thomas Kuhn,” Stanford Encyclopedia of Philosophy . Kuhn のパラダイム、disciplinary matrix、通常科学について詳しく整理しています。通常科学では共有された枠組みの内部でパズルの解決が進みます。 https://plato.stanford.edu/entries/thomas-kuhn/

7. Eveline A. Crone, Kayla H. Green, Suzanne van de Groep & Renske van der Cruijsen, “A Neurocognitive Model of Self-Concept Development in Adolescence,” Annual Review of Developmental Psychology , 4(1), 273–295 (2022). DOI: 10.1146/annurev-devpsych-120920-023842. 青年期の自己概念がどのように変化し、その発達に社会的な環境などが関係するかをレビューしています。 https://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev-devpsych-120920-023842

8. Eveline A. Crone & Andrew J. Fuligni, “Self and Others in Adolescence,” Annual Review of Psychology , 71(1), 447–469 (2020). DOI: 10.1146/annurev-psych-010419-050937. 青年期における自己概念、他者との関係、社会的な評価などの発達を扱っています。 https://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev-psych-010419-050937