内部モデルとは何か

自己組織化・フィードバック・システムとの区別

本稿の位置 :本プロジェクト第2部(一般論)の後編にあたります。前編と中編で用いてきた概念を、ここで整理します。 内部モデル、システム、循環、自己組織化、開放型フィードバックループ、閉鎖型フィードバックループ、意図的設計。これらは相互に関連しますが、同じものではありません。 本稿を置く理由は、この区別なしに個人の認知から文化までを同じ語で語ると、比喩と分析の境目が消えるからです。


要旨

本稿では、内部モデルをシステム、自己組織化、フィードバックループ、意図的設計などの近接概念から区別します。

内部モデルは単なるシステムではありません。過去の経験や探索の履歴から形成され、その経験をパターンや規則へ圧縮して保持し、現在の認識、判断、行為を方向づけ、外部からのフィードバックによって修正されうる構造です。本稿では、この性質を履歴性・圧縮性・生成性・可塑性の四条件として整理します。

自己組織化は構造が形成される過程、内部モデルは形成されたもののうち、その後の認識や行為を媒介する構造、フィードバックはその構造を更新する働きです。また、内部モデルは閉鎖系そのものではなく、開放と閉鎖の両方を媒介します。

認知科学では主に個体内部を指す語を、本プロジェクトでは集団や文化まで拡張して用います。その妥当性と限界も本文で検討します。

本稿の見取り図

【三つの役割分担】

   自己組織化 ──→ 内部モデル ──→ フィードバック
   (生成原理)    (蓄積構造)    (更新原理)
        ↑                              │
        └──────────────────────────────┘


【内部モデルの位置】開放と閉鎖の両方を媒介します

   開放型フィードバック(外部に評価基準がある)
        ↓  試行錯誤・自己組織化
   内部モデルの形成
        ↓  閉鎖型フィードバック(内部に評価基準がある)
   精密化・保存・伝承
        ↓  外部環境への再適用
   不一致
        ↓
   再開放・更新


【四つの条件】これを満たすものだけを内部モデルと呼びます

   履歴性   過去の経験・探索の蓄積である
   圧縮性   そのままではなくパターン・意味・規則へ圧縮されている
   生成性   保存されるだけでなく、現在の認識・判断・行為を方向づける
   可塑性   外部フィードバックによって修正されうる

第I部 内部モデルを他の概念から分ける

1. 問題設定

これまでの議論では、「内部モデル」という概念を、個人の認知、感情調整、学習、企業、文化などを貫く中核の概念として用いてきました。

しかし、この概念を広く使うためには、まず「内部モデルとは何か」を明確に定義する必要があります。とくに区別しなければならないのは、次の七つです。

  • 内部モデル
  • システム
  • 循環
  • 自己組織化
  • 開放型フィードバックループ
  • 閉鎖型フィードバックループ
  • 意図的設計

これらは相互に関連しますが、同一ではありません。 本稿では、これまでの議論を整理しつつ、内部モデルをより限定的で分析可能な概念として定義します。


2. 内部モデルは単なる「システム」ではない

まず重要なのは、内部モデルと一般的なシステムを区別することです。

システムとは、複数の要素が相互に関係し、一定の機能や挙動を生み出している構造を広く指します。

たとえば自動車は明らかにシステムです。 エンジン、変速機、タイヤ、制御装置などが相互に連携し、自動車という一つの機能的な全体を形成しています。

しかし、通常の自動車そのものを内部モデルと呼ぶのは適切ではありません。 なぜなら自動車は、環境との相互作用を通じて自らの構造や機能を学習し、再編していくわけではないからです。 設計者によってあらかじめ構成された構造を、そのまま実行しています。

この違いは、移植できるかどうかに現れます。 一般的な人工のシステムは、構造と環境を比較的、分離しやすいものです。自動車は、設計された構造を別の場所でもほぼ同じ形で再現できます。 一方、内部モデルはその環境との相互作用の履歴を内部に含んでいます。そのため、形式だけを切り出して別の環境へ移植しても、同じ機能を再現できるとは限りません。

したがって、

システムであることは、内部モデルであるための十分条件ではない。

内部モデルには、単なる構造以上の性質が必要です。


3. 内部モデルの基本定義

これまでの議論を統合すると、内部モデルは次のように定義できます。

内部モデルとは、主体または組織が環境との相互作用を通じて形成・更新し、過去の経験や探索結果を圧縮して保持し、その後の認識・予測・判断・行為を方向づける再利用可能な構造である。

この定義には四つの重要な要素が含まれています。

条件 内容
履歴性 その場で偶然に存在している構造ではなく、過去の経験、探索、失敗、成功、学習などの履歴が蓄積された結果である
圧縮性 過去の経験をそのまま保存するのではなく、パターン、意味、規則、概念、技法などの形へ圧縮する
生成性 保存されているだけではなく、現在の認識、予測、判断、行動を方向づける
可塑性 外部環境から新しいフィードバックを受けた場合、必要に応じて修正されうる

この四点が、内部モデルを単なる構造やシステムから区別する条件になります。

自動車の例に戻れば、通常の自動車は履歴性も圧縮性も可塑性ももちません。 構造をもち、部品が循環的に作動し、フィードバック制御をもつ場合すらありますが、それでも内部モデルではありません。

3-1. 内部モデルは有機的・履歴依存的である

四条件のうち、 履歴性 についてもう少し述べておきます。ここに内部モデルのもっとも扱いにくい性質があるためです。

内部モデルは、完成品として外部から単純に配置されるものではありません。 その構造は、環境との関係の歴史から形成されています。

形成の履歴
人間の概念 経験 → 比較 → 理解 → 意味形成 → 利用 → 修正
企業のルーティン 顧客対応 → 成功・失敗 → ノウハウ → 標準化 → 実践 → 修正
文化 実践 → 試行錯誤 → 技法 → 型・制度 → 継承 → 再解釈

この意味で、内部モデルは 有機的かつ履歴依存的な構造 といえます。

この履歴依存性から、実務上の帰結が導かれます。 内部モデルは環境との相互作用の履歴を内部に含んでいるため、 形式だけを切り出して別の環境へ移植しても、同じ機能を再現できるとは限りません。 他社で成功した制度をそのまま導入しても働かない、他流派の型だけを取り入れても同じものにならない、という現象は、この性質から説明できます。 移植できるのは形式であって、その形式を成り立たせていた関係の履歴ではないからです。

この点は第10章と、第3部の学習論でさらに扱います。


4. 自己組織化と内部モデルは同じではない

内部モデルを考える際には、自己組織化との区別も必要です。

自己組織化の定義は前編で置きました。 全体を設計する主体がいないまま、要素間の相互作用と制約から機能的な秩序が生じることです。生物の発生、群れの形成、細胞のパターン、社会的な慣行など、多くの現象が自己組織化として説明されえます。

しかし、

自己組織化によって形成された構造のすべてが、内部モデルなのではない。

たとえば結晶の構造も自己組織化的に形成されます。 しかし結晶は、その構造を利用して次の状況を認識したり、予測したり、行動を選択したりするわけではありません。

したがって次のように区別できます。

内容
自己組織化 構造が形成される過程
内部モデル 形成された構造のうち、その後の認識・判断・行為を媒介するもの
構成 内部モデルを材料として、その場の条件に応じて一回の行為や思考が組み上がること

三つは時間のスケールが違います。 自己組織化と内部モデルは長期の側、構成は瞬間の側です。前編の 2-2 で述べたとおり、本プロジェクトはこの二つを呼び分けます。

この意味で、

自己組織化は内部モデルの主要な生成機構の一つであるが、内部モデルそのものではない。

四つの条件でいえば、結晶に欠けているのは生成性と可塑性です。

第II部 フィードバックとの関係

5. 内部モデルは開放系でも閉鎖系でもない

これまでの議論では、開放型フィードバックループと閉鎖型フィードバックループという区別を導入してきました。ここで重要なのは、

内部モデル=閉鎖系、ではない。

ということです。 内部モデルそのものと、フィードバックループの開放性・閉鎖性は別の概念です。

むしろ内部モデルは、典型的には開放型フィードバックループのなかから形成されます。

   環境 → 行動 → 結果 → 失敗・成功 → 修正 → パターン形成 → 内部モデル

つまり、外部環境との相互作用によって内部モデルが自己組織化されます。

第2部の中編では、主体の構造を述べるために内部モデルを「相対的な閉鎖系」と呼びました。あれは便宜的な言い方です。 正確には、内部モデルは閉鎖系そのものではなく、外部の情報を変換する位置にある構造です。


6. 二つのフィードバックと内部モデル

開放型フィードバックループでは、評価の基準が外部にあります。勝敗、市場、顧客、実験、現実の失敗、身体感覚、問題の正誤、他者とのやりとりなどが、内部モデルの妥当性を制約します。

ここでは次の循環が起きます。

   内部モデル → 予測・行動 → 外部結果 → 不一致 → 内部モデル修正

したがって、開放型フィードバックには 内部モデルを形成・修正する機能 があります。内部モデルは、この外部フィードバックにさらされることによって、現実との適合性を維持します。


6-1. 内部モデル形成と閉鎖型フィードバック

一方、閉鎖型フィードバックループでは、評価の基準が内部にあります。規則、作法、資格、正統性、内部評価などです。

ここでは次の循環が起きます。

   内部モデル → 規範 → 行動 → 内部評価 → より正確な内部モデルへの適合

閉鎖型フィードバックは、内部モデルを消すのではありません。むしろ精密にし、安定させ、伝承しやすくします。 型が細かく整理され、教授法が作られ、用語が統一されるのは、この働きによるものです。

問題は、閉鎖型フィードバックだけになったときに起こります。 内部モデルの妥当性を確かめる経路が内部にしか残らないためです。


7. 内部モデルは開放と閉鎖を媒介する

以上からすると、内部モデルは開放系そのものでも閉鎖系そのものでもありません。むしろ、

開放と閉鎖の両方を媒介する構造

と考えられます。典型的には次の循環になります。

   開放型フィードバック
        ↓
   試行錯誤
        ↓
   自己組織化
        ↓
   内部モデル形成
        ↓
   閉鎖型フィードバックによる精密化・保存
        ↓
   外部環境への再適用
        ↓
   不一致
        ↓
   再開放・更新

したがって内部モデルは、

外部との相互作用から生まれ、内部運用によって洗練され、再び外部フィードバックによって更新される構造

です。

第1部で述べた往復可能性は、この循環が一周できるかどうかを問うものだったことになります。

7-1. 内部モデルは「部分的な閉鎖系」を可能にする

ここで、第2部の中編で使った「開放系の中の閉鎖系」という表現を、正確に言い直しておきます。

完全な開放系のままでは、主体は毎回すべてを処理しなければならず、経験を蓄積できません。 そこで過去の経験の一部を内部モデルとして圧縮し、外部を逐一、参照しなくても処理できる領域を作ります。 しかし完全に閉鎖すれば、現実とのズレを修正できなくなります。

したがって内部モデルの働きは、次のように述べられます。

内部モデルとは、開放系との接続のなかから形成され、部分的な閉鎖系を可能にする構造である。

「閉鎖系である」のではなく「閉鎖系を可能にする」という点が重要です。 内部モデルがあるから、外部を毎回、参照しなくてよい領域ができる。その領域が、中編でいう相対的な閉鎖系にあたります。

つまり全体は次の循環になります。

   開放系
    ↓  相互作用・フィードバック
   自己組織化
    ↓
   内部モデル形成
    ↓
   部分的な閉鎖系としての運用
    ↓
   外部環境との再接続
    ↓
   更新

この構造は、人間の認知における概念やチャンク、企業におけるルーティン、文化における型・制度・世界観に共通します。 内部モデルは、外部から独立した完成品ではなく、 環境との関係の履歴が凝縮された、再利用可能かつ更新可能な構造 です。

第III部 何が内部モデルになるのか

8. 内部モデルは自己組織化によって形成される

内部モデル形成の基本的なあり方は、自己組織化的であると考えられます。

過程
個人の学習 多数の具体例 → 比較 → 共通パターンの発見 → 概念形成 → 内部モデル化
企業 多数の顧客対応 → 成功・失敗 → 有効な対応パターン → 業務ノウハウ → ルーティン
文化 多様な実践 → 試行錯誤 → 有効な形式 → 技法・型 → 伝統

誰かが最初からすべてを設計したわけではなく、環境との相互作用によって構造が生成されます。 この点で、

内部モデルは基本的には探索の結果として自己組織化されるもの

と考えられます。


9. 意図的設計は内部モデルになりうるか

ただし、人間の場合には意図的設計が介入します。経営者が新しい業務フローを設計する。教師が概念体系を教える。政府が制度を作る。

このような構造も内部モデルになりえます。しかし、設計された瞬間から内部モデルになるわけではありません。

たとえば企業で新しいマニュアルを作っても、現場で使われない、現場の実態と合わない、誰も理解していない、というのであれば、それは組織の実質的な内部モデルとは言いにくいものです。

むしろ次の過程を経て、組織の内部に内在化されます。

   設計 → 実践 → 失敗 → 修正 → 暗黙知との統合 → 再利用可能になる

したがって、

設計された構造が、実践とフィードバックを通じて主体・組織に内在化されたとき、内部モデルになる。

と整理できます。

これは第2部の前編で残した課題、すなわち自己組織化と意図的設計の関係について、一つの答えを与えます。 設計と自己組織化は排他的ではありません。 設計は入口を作るだけで、それが内部モデルになるかどうかは、その後の実践とフィードバックが決めます。


10. 教育でも同じ構造がある

この区別は教育でも重要です。

教師が「現在完了とはこういうものだ」と説明しただけでは、その概念はまだ教師の側のモデルです。

学習者が、具体例を見る、関係を理解する、自分で使う、間違える、修正する、自動的に利用できる、というようになったとき、その概念は学習者自身の内部モデルになります。

したがって、

外から与えられた知識と、内部化されたモデルは異なる。

内部モデルには、主体自身の認知・行動システムのなかへ組み込まれていることが必要です。

10-1. 内部モデルは「コピー」より「再生成」される

3-1で述べた履歴依存性から、継承についての帰結が出てきます。

教師がもつ理解を、生徒へそのまま転送することはできません。 伝えられるのは、言葉、数式、図、例などの外的な表現です。 それを材料として、学習者自身が内部モデルを再構築する必要があります。

したがって教育は、

内部モデルを転送することではなく、内部モデルが再生成される条件を与えること

と考えられます。

文化の継承でも同じです。 型、文章、制度、道具などの形式は保存できます。しかし、それらが生まれた意味や関係性を次世代が実践のなかで再構築しなければ、生きた文化としては十分に継承されません。

したがって文化の継承も、

完成した構造のコピーではなく、次世代における内部モデルの再生成

として捉えられます。

第1部で文化を「集団の圧縮装置」と述べたことと、この点は両立します。 圧縮されて保存されるのは形式であり、次世代はそれを材料として自分の内部モデルを組み直します。 渡されるのは材料であって、モデルそのものではありません。 この点は第3部の学習論で、主体性が必要な理由として扱います。


11. 内部モデルは人間だけに存在するのか

ここで、内部モデルの適用の範囲を考える必要があります。

人間の認知や人間社会だけに限定することも可能です。しかし、一般の概念としては動物まで拡張したほうが自然です。

動物の神経系には、環境状態の推定、行為の結果の予測、運動制御、学習、行動選択などに関わる内部表象・内部モデルが存在すると考えられています。運動制御の研究では、行為の結果を予測する 順モデル (forward model)などが典型的な内部モデルとして扱われます [1]

したがって、

認知的内部モデルは、人間だけではなく、少なくとも一定の学習・予測能力をもつ動物にも存在する

と考えるほうが妥当です。


12. 進化による機能獲得は内部モデルか

より難しいのが、進化によって形成された身体の構造や機能です。目、免疫系、運動反射、生得的な行動傾向などは、長い進化の過程で環境へ適応して形成されました。

これらは広い意味では、 過去の環境についての情報を身体構造として保持している と見ることができます。

しかし、これらをすべて内部モデルと呼ぶと概念が広がりすぎます。 目そのものが世界について予測し、モデルを修正しているわけではありません。

したがって、 進化的な適応構造 認知的な内部モデル は区別したほうが適切です。進化的な構造については、 内部モデルの前駆的な構造 、あるいは 広義の環境情報の蓄積 と考える程度にとどめます。

そうしなければ、ほとんどすべての生物的機能が内部モデルになり、概念の分析力が失われます。

第2部の前編で、生物進化を限定的な類比にとどめたのは、この理由によるものです。 そこでは「生成された構造が、その後の変化の制約条件になる」という点だけを取り、意図的な探索や内部モデルという概念はそのまま適用しないとしました。本章はその判断の根拠を示しています。

第IV部 集団への拡張

13. 文化・組織を内部モデルと呼べるか

認知科学における内部モデルは、通常は個体の内部の神経・認知モデルを指します。 したがって文化や企業について内部モデルという言葉を使う場合には、概念を拡張していることを明示したほうが適切です。

ここでは、 個人的内部モデル 集団的内部モデル を区別します。


13-1. 個人的内部モデル

個人的内部モデルとは、

個人の神経・認知システムに形成され、認識・予測・判断・行為を媒介する再利用可能な構造

です。概念、スキーマ、技能、因果の理解、感情カテゴリー、自己モデル、他者モデル、世界観などが含まれます。


13-2. 集団的内部モデル

集団的内部モデルとは、

集団が過去の経験・探索結果を、複数の人間・制度・記号・物質的構造に分散して保存し、集団の現在の判断・行動を方向づける再利用可能な構造

です。言語、規則、型、慣習、制度、役割、組織のルーティン、マニュアル、物語、価値観、評価の基準、世界観、文化などが含まれます。

この場合、内部モデルは一人の脳内に存在するわけではありません。 人、文章、道具、空間、制度などに分散して存在します。その意味では、 分散的内部モデル と呼ぶこともできます。


14. 文化と組織:集団的内部モデルの実例

第1部の議論では、文化を 集団における長期記憶・内部モデル と捉えてきました。この整理は、本稿の定義とも整合します。

文化は、過去のあらゆる出来事をそのまま保存しているわけではありません。試行錯誤の結果を、型、物語、規則、美意識、儀礼、技法、言語、慣習などへ圧縮します。それによって、後世の人間は過去の探索をすべてやり直す必要がなくなります。

つまり文化は、

集団が過去の経験を再利用可能にする圧縮装置

として働きます。 四条件でいえば、履歴性・圧縮性・生成性を満たします。可塑性については、第1部で見たとおり閉鎖化によって弱まる場合があります。


14-1. 組織も集団的内部モデルをもつ

企業についても同じです。企業は環境との相互作用から、商品の知識、顧客のモデル、業務の手順、判断の基準、組織文化、評価の制度、ブランド、役割の分担などを形成します。

これらは単なる情報ではありません。現在の社員の判断や行動を方向づけます。 したがって、

組織は過去の経験を内部モデルとして圧縮・蓄積し、それによって現在の活動を可能にしている。

と考えられます。


15. 内部モデルの階層性

内部モデルは一枚岩ではありません。

階層
人間 感覚パターン → カテゴリー → 概念 → スキーマ → 因果モデル → 物語 → 自己モデル → 世界観
文化・組織 個別ノウハウ → ルーティン → 規則 → 制度 → 価値体系 → 世界観

下位のモデルは上位のモデルの部品となり、上位のモデルは下位の認識や行動を制約します。 したがって内部モデルは 重層的な構造 として扱う必要があります。

この重層性は、第2部の前編で述べた「一つの階層で形成された構造が、次の階層では環境になる」という原理と同じものです。 ただし本章が述べているのは、一つの主体の内部にも同じ重層性があるという点です。

第V部 内部モデルの主要な性質

16. 内部モデルとは何でないか:循環との区別

内部モデルとフィードバックループそのものも区別すべきです。

表すもの
フィードバックループ 変化がどのように循環するか
内部モデル その循環の履歴がどのような構造として保持されているか

たとえば、行動 → 結果 → 修正 → 行動、という循環そのものはフィードバックループです。そこから「この状況ではこう行動するとよい」という規則が形成されれば、それが内部モデルになります。

したがって、

フィードバックループは学習の過程であり、内部モデルはその学習結果が構造として保存されたものである。

と整理できます。


16-1. 内部モデルは静的なものでもない

ただし「学習結果」といっても、完成して固定されたものではありません。

内部モデルは現在の行動を生み出し、その行動が再び環境へ影響し、そこから新しいフィードバックを受けます。

   内部モデル → 行動 → 環境 → 結果 → 内部モデル更新

内部モデルは、

過去の結果であると同時に、次の変化を生み出す原因

でもあります。この点で、内部モデルは動的な構造です。


16-2. 再利用可能性

内部モデルの特徴を最も短くまとめるなら、

過去の経験を、現在と未来に再利用できること

が中心的な条件になります。

単なる痕跡では足りません。 たとえば木に傷がついても、それは過去の出来事の痕跡ではありますが、その傷が木のその後の判断や予測に利用されるわけではありません。

内部モデルは、過去 → 構造化 → 現在の判断 → 未来の行動、を接続します。つまり、

時間を越えて経験を利用可能にする構造

です。


17. 予測は内部モデルの必須条件か

ここで重要な論点が残ります。 認知科学では内部モデルを予測の機構として狭く定義することも多いためです。

しかし本プロジェクトの議論では、概念、技能、文化、制度、物語まで扱います。 これらのすべてが明示的に未来を予測しているわけではありません。

したがって、本モデルでは予測だけに限定しないほうが適切です。より広く、

内部モデルとは、その後の認識・判断・行為を生成的に制約する再利用可能な構造である。

と定義します。予測はその重要な機能の一つですが、唯一の機能ではありません。

内部モデルは、何を見るか、どう意味づけるか、何を期待するか、何を選ぶか、どう行動するかを方向づけます。

この「生成的に制約する」という言い方は、本プロジェクトが別のところで使っている「材料」という言い方と同じことを指しています。 制約する側から見るか、使われる側から見るかの違いです。 どちらも、内部モデルが保存された答えではないと述べています。

第VI部 整理と定義

18. 内部モデル・自己組織化・フィードバックの関係

ここまでの整理をまとめると、各概念の関係は次のようになります。

概念 内容 内部モデルとの関係
システム 最も広い概念。複数の要素が関係し、一定の挙動や機能を生み出す構造 内部モデルをもつ場合も、もたない場合もある
自己組織化 秩序や構造が形成される過程 内部モデル形成の主要な生成機構になりうる。 ただし自己組織化されたものすべてが内部モデルではない
開放型フィードバックループ 外部環境からの結果によって内部構造を修正する循環 内部モデルの形成・更新を促進する
閉鎖型フィードバックループ 既存の内部基準によって行動や構造を修正する循環 内部モデルの精密化・安定化・伝承を促進する
内部モデル 過去の探索・経験を圧縮して保持し、その後の認識・判断・行為に再利用する構造 開放型フィードバックによって形成・修正され、閉鎖型フィードバックによって精密化・保存されうる

19. 典型的な内部モデル形成の過程

最も一般化すると、次の動態になります。

   外部環境との接触
        ↓
   試行錯誤
        ↓
   フィードバック
        ↓
   有効なパターンの発見
        ↓
   自己組織化
        ↓
   内部モデルの形成
        ↓
   反復・利用による安定化
        ↓
   閉鎖型フィードバックによる精密化
        ↓
   環境変化・不一致
        ↓
   再開放・更新

第1部と第2部の前編で述べた「生成・固定・再生成」を、内部モデルの側から書き直したものです。


19-1. 自動車の例による境界の整理

この定義を使うと、冒頭の自動車の例は明瞭になります。

通常の自動車 学習する自動運転システム
構造をもつ
部品が循環的に作動する
フィードバック制御をもつ ○(場合による)
過去の走行経験から自分のモデルを形成する ×
経験によって内部構造を再編する ×
学習結果を蓄積する ×
内部モデルか × ○(学習部分について)

したがって、

機能的システムであることと、内部モデルをもつことは異なる。


20. 暫定的な最終定義

以上を踏まえ、本プロジェクトでは内部モデルを次のように定義します。

内部モデルとは、主体または集団的システムが、環境との相互作用および過去の探索・経験を通じて形成し、その経験をパターン・意味・規則・技能・制度などの形へ圧縮して保持し、現在および将来の認識・予測・判断・行為を方向づける再利用可能かつ更新可能な構造である。

さらに簡潔に言えば、

過去の経験を、次の認識と行為に使える形へ変換した構造

です。


20-1. 本モデルにおける内部モデルの位置づけ

内部モデルは、これまでの理論の全体のなかでは、 自己組織化 フィードバック の中間に位置する中心の構造です。

自己組織化によって生まれ、内部モデルとして蓄積され、その内部モデルが次の行動を生成し、外部フィードバックを受けて再び修正されます。

したがって、

自己組織化は生成原理、内部モデルは蓄積構造、フィードバックは更新原理である。

と整理できます。

この三つを分離して定義することで、文化・組織・認知を同じモデルで扱いながら、概念の混同を避けられます。


21. 今後の検討課題

今後さらに検討すべき点として、次があります。

第一に、内部モデルの最小条件です。 単なる行動の規則まで内部モデルと呼ぶのか、それとも何らかの表象性を必要とするのか。 この問いは、本プロジェクトが第4部でエコロジカル・ダイナミクスとの立場の違いとして扱う論点と同じものです。

第二に、個人的内部モデルと集団的内部モデルの関係です。 集団的内部モデルが単なる比喩なのか、それとも分散認知や組織記憶の観点から実質的にモデルとして扱えるのかを詰める必要があります。 第IV部はこの拡張を行いましたが、その妥当性は示していません。

第三に、内部モデルの階層分類です。 感覚、技能、概念、スキーマ、物語、世界観、制度、文化までを、どのような階層として整理するか。 第15章で二つの階層を並べましたが、両者の対応関係は未整理です。

第四に、進化的な適応との境界です。 進化による構造の形成を内部モデルの前史として扱うのか、それとも完全に別の概念とするのか。 第12章では前駆的構造として扱いましたが、その境界は暫定的です。

第五に、意図的設計と自己組織化の関係です。 設計された構造が、どの段階で実質的な内部モデルへ転化するのかを整理する必要があります。 第9章で「実践とフィードバックを通じた内在化」という答えを出しましたが、その過程の条件は示していません。


22. 結論

内部モデルは、単なるシステムでも、循環でも、閉鎖系でもありません。それは、

環境との相互作用から形成され、過去の経験を圧縮して保持し、その後の認識・判断・行為に再利用される構造

です。

その形成には自己組織化が大きく関わり、その更新には開放型フィードバックが、精密化と保存には閉鎖型フィードバックが関与します。

したがって、 自己組織化・内部モデル・開放型フィードバック・閉鎖型フィードバック は、それぞれ別の概念でありながら、一つの動的な循環を形成しています。

最も簡潔には、

自己組織化によって内部モデルをつくり、内部モデルによって行動し、フィードバックによって内部モデルを更新する。

という構造です。

この定義を基礎にすれば、個人の認知、学習、感情調整、技能、企業、文化を、単なる比喩ではなく、より統一的な枠組みで比較・分析できる可能性があります。

ここまでが第2部です。 第1部で文化から取り出した構造を、時間の軸と空間の軸から定式化し、本稿で語の境界を決めました。 第3部では、この構造を個人の認知へ降ろします。 内部モデルがどのように作られ、何を可能にし、何を失わせるのかを、学習と感情の水準で見ます。

この見方が外れる条件

本モデルは、次の場合に成り立ちません。

  1. 四つの条件のいずれかが不要である場合。 本稿は履歴性・圧縮性・生成性・可塑性を内部モデルの条件としています。いずれかを欠く構造が、内部モデルと同じ働きをするのであれば、条件の立て方を組み替える必要があります。
  2. 集団的内部モデルが比喩にとどまる場合。 第IV部は、文化や組織について内部モデルという語を使えるとしています。分散して保存された構造が、個人の内部モデルと同じ機構では働かないのであれば、この拡張は記述上の便宜にとどまります。
  3. 設計された構造が、内在化を経ずに内部モデルとして働く場合。 第9章は、設計された構造が実践とフィードバックを通じて内在化されたときに内部モデルになると述べています。設計された時点から同じ働きをするのであれば、この条件は不要です。

注記

本稿の「内部モデルの四条件」「自己組織化・内部モデル・フィードバックの役割分担」という枠組み自体は、参照した文献に既存の単一理論として存在するものではありません。 本プロジェクトが分析のために立てた区別です。

とくに次の三点は、 既存の学問領域における標準的な用法から外れます。 第一に、予測を必須条件から外し、内部モデルを「生成的に制約する再利用可能な構造」と広く定義すること。第二に、内部モデルという語を集団へ拡張すること。第三に、進化的な適応構造を内部モデルから外し、前駆的な構造として扱うことです。


参照資料

1. 運動制御における内部モデル・順モデル(forward model)は、行為の感覚的な帰結を予測するモデルとして広く研究されています。Wolpert, D. M., Ghahramani, Z. & Jordan, M. I. (1995). “An Internal Model for Sensorimotor Integration.” Science , 269(5232), 1880–1882. DOI: 10.1126/science.7569931 https://doi.org/10.1126/science.7569931 また、内部モデルが単層ではなく階層的に構成されうることについては、Merel, J., Botvinick, M. & Wayne, G. (2019). “Hierarchical motor control in mammals and machines.” Nature Communications , 10:5489. DOI: 10.1038/s41467-019-13239-6 https://doi.org/10.1038/s41467-019-13239-6